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災いの前兆ー1

ごめん!遅くなった!


「グルルァァァ……」

 地を揺らす唸り声とともに、大きな雫が零れ落ちる。

 それは木の葉から落ちるようなものではなく、アマカエルならば体表を覆ってしまえるほど。

 落ちる今でも口と繋がり、完全に落ち切った頃には枯れ葉を押しのけ大地と馴染んでしまった。


 辺りに転がるのは……角が生えていたはずの猪、子供を抱えていたはずの鹿、先ほどほどまで鳴いていたコウモリなどの亡骸。


「グァァアルアアァァ!!」


 木の表層をはぎ取り、木の葉を舞い散らせながらその声は辺りに響く。

近くの動物が遠くへと駆けていった。



◇◇◇



「「「異変調査……?」」」


 ガレド、ルーナ、ロゼルの3人は端の方がよれた紙を不思議そうに眺める。

 僕もその後ろから、一応覗いてみている。


「そうなんだよぉ……実はさ、ウマントって村からの依頼があって、何でも最近山でとれる動物とかキノコの数が以上に減ってるらしくて」

「そりゃぁよ───」

「大変ですねぇ」

「ん」


 人差し指同士を合わせながら、苦笑いを浮かべるギルドマスター。

 つられる様に僕も同じ顔を浮かべた。


「それで結構その山イノシシとか熊とかの魔獣も出るから、下手なランクの人には依頼できないし最近Cランク以上の冒険者は遠くの依頼とか、国からの依頼とかであんまりいなくて……」

「「ほお」」「……」


 歯の隙間から息を吸う。


「それで……」


 委縮している胸をゆっくり膨らませながら、口を開いた。


「お願い!この依頼受けて!欲しいなら、そこの報酬に上乗せもするから!」

 両手を合わせながら、腰と頭を下げる。

 後ろの受付嬢たちも、何だか気まずそうだ。

 1人だけは……どうでもよさそうに作業してるけど。


 肝心の3人は、お互いの顔を見合う。


「まあ……その、なんつうかよ」

「ん」

「その前に、聞きたいことがあるんですけどよろしいですか?」


 ロゼルがゆっくりと言葉を紡いだ。

 「もちろん」と顔をあげる。


「この、“ウマント”という村は、どのあたりにあるんですか?移動距離とかそういう……」

「えっと……確か元々隣の伯爵領のギルドから回ってきたやつだから……馬車で1週間もいかないくらいかな」


「「1週間かあ……」」「無理」

「えっ」


 気まずそうに息を漏らす2人の横で、ルーナがすぐさま声を出した。


「む、無理ってそんな……」

 額から青ざめていく。


「る、ルーナ!それはあまりにも言い方が……」

「そうだぜ!断り方考えてたのによぉ」


 歯切れの悪い口調で、ルーナを叱りつける。

 長年一緒にいるからわかるけど……これは聞いてないね。

 欠伸(あくび)だってしてるし。


「そ、その……」

 3人の間に、言葉の腰を低くして割り込む。


「な、なんでダメとかって……」


「なんでって」

「それは……」

「ん」


 互いに顔を見合わせる。

 そして、息をそろえてなぜか僕の方に振り向いた。


「え、えっと……」

 僕は声に戸惑いを隠せなかった。

 つられるようにギルドマスターもこっちを向く。


 とりあえず笑顔を作る。

 こういうときにほっぺを搔いてしまうのは昔からの癖だ。


 というか、皆がこっちを見てるってことは───


「ぼ、僕?」

 そう言いながら自分に指をさす。


「まあ……」

「だって、この街に放ってたら───」

「───ん、なにがあるかわかんない。危ない女たくさんいる」


「え、ええ……」


 危ない女って……みんないい人たちなのに。

 まあ当然、悪い人たちだっているだろうけど。


 それとも、僕は思ってるより守られてるのかな。

 ある程度自分で避けてきたつもりではあるんだけど……


「なるほどなあ……」

 腰に手を置いて天井を見つめる。

 そこから自分にだけ聴こえるような、小さな声でぼやき出す。


「んーでもなぁ……(Gランクの子同行…いやぁ……)」


「うぅっ」



 顎と口元に生えた無精ひげを何度か触り一息吸った後、「よしっ」という掛け声とともに決心をつけたように僕らの方に向いた。


「じゃあ、アラト君……だっけ?」

「あ、はいアラトです」

「うん、アラト君の同行を認めたら行ってくれるって……ことかな?」


 ギルドマスターの一言に、僕たちは口を伽藍洞にする。

 冒険者の研修を1度は真面目に受けた人ならば、高ランクの人が低ランクの人を連れていくのには国か協会本部の認可が必要だというのは知ってて当然のこと。

 新人の芽を摘むことにも繋がりかねないし陰湿な事件を誘発したりするのを防ぐためで……


 まあ確かに、昔馴染みだからそんなことしてくるなんてないだろうけども。


「い、いいのですか?」

「ん~まあ、規定スレスレだけど……仲良いから問題ないっての通せばなんとかいけるか、な」

 頭を掻きながらぎこちない笑い声をあげる。

 よくよく見ると、目は黒く光がない。


「それなら、行ってくれる?」

「え、ええ」「ん」「まあな」


 皆は、僕に伺うような顔を向ける。


 どうしよう。

 全然適性ランクではないし、いろいろと問題も起きそうだ。

 それに3人の足を引っ張っちゃうかもだし。


「み、みんなは良いの?僕いて邪魔じゃない?」

「そんなことないぜ!」「問題ない」「いえ全然!」


 食い入るような声が3つ重なる。

 なんというか……空気を押し出されたみたいだ。


 まあでも、皆がそう言うならいいか。


「なら、行きます。みんながいたら危ないってことはないだろうし」

「そうか。信頼してるんだね」

 黒い瞳に、若干の光が灯る。

 それは、何処か温かさがあるような不思議な光。


「じゃあ3日後、南門に来てくれたら馬車あるからよろしくね」

「「「はーい!」」」「ん」


 つもりに積もった話もまだ話しきれてないし、丁度いい1週間になりそうだ。



◇◇◇



「バカかいあんたはっ!!」


 冒険者ギルドに怒号が飛び交う。

 それを言い放ったのは、6つに割れた腹が目立つ薄着で赤毛の女。

 その先にいる無精ひげの男は、書類を手に持ちながら肩をすくませた。


 周りのガラの悪い男たちは、眉と腰をすくめながらひそひそと噂を立てる。


「(うわーギルマス怒られてるぜ。にしても、ベルゼリアがあんなにキレるって)」

「(おーこわいこわい。俺らも、力でも魔法でも勝てねえから喧嘩なんてできたタマじゃねえし)」

「(いやそういうこったねえよっ!)」


 小声とはいえ至る所からしているが、女の耳にはまるで入らない。

 続けざまに、木のカウンターを力強く叩きながら声を張る。


「いぃやバカとは知ってたがここまで馬鹿だなんてね!さすがのあたしも驚いたよ!!」

「す、すみません……で、でも───」

「あぁ!?」


 狼のような鋭い眼光に言いかけた言葉を一度下げる。

 しかし、それを再度口へと戻しまた言葉にした。


「でも、ずっと残ってた依頼ですし……依頼場所の村には何人か犠牲者も出てたから、緊急性もあって……」

「それで?」

「こ、これで終わりです、けど……」


 言い終わると同時に、女は大きなため息をした。

 これが嵐の前兆と悟った男は、野生動物ならあと一歩で死んだふりをしてしまうぐらいにまで縮こまる。


「ぶぅぅぁぁあっっっかかあんたは!!!」

「ひぃぃ!」


 一番遠くに座っている男ですら耳をふさぐほどの怒号が、部屋中を何度も木霊する。


「この森はっ!この緊急時以外でも危険度の高い森なんだ!!それを知ってるはずなのにあろうことか実力も経験もないGランクのアラトを同行させるなんて……っ」


 そして、続けるように大きく息を吸う。が───


「───あーもう言葉も見つからないよ」

 それはため息とわずかな声に変わるだけだった。


「で、でも……」


 顔に手を置いて首を振る女に向かって、小さな視線を幾度か配る。


「なんだよ?」

「でも、ベルゼリアさんも……あの3人の強さは知ってます、よね?」

「ま、まあ……」


 その聞く価値もないくらいに弱弱しく発せられたその言葉は、女の口を籠らせるくらいの力を持っていた。

 抑えきれないように、何度か声を試すが上手くいかない。


 それがしばらく続いた後───


「しかしね───」

「……」

「ダメなもんは、ダメなんだよ……」


 目の前の者にしか聞こえないくらいに弱弱しく言った。

 男は、その顔を何度か覗く。

 それだけが続き、わずかな沈黙が流れた。


 そして、ゆっくりと口を開いた。


「その、前々から思ってたんですが」

「なんだい」

「なんでそんなに、アラト君に肩入れするんですか?こういってはあれですけど、別に普通の子な気も……」


 女はあからさまに目を逸らす。


「別に……いいだろぅ。か、顔とか背とかが好みだったんだよ」

「ほ、ほんとは───」

「───うっさい!」

「ひいぃぃ!」



◇◇◇



「ほ、ホントに行くのかい?」


 暗い顔を浮かべるベルゼさんを、布の覆いがついた荷台から見下ろす。

 この3日間、ずっと付き纏ってきたベルゼさんともしばらくお別れだ。


「はい。ご心配してくれてありがとうございます」

「な、なんでだい?金に困ってんだったら、もっと出すよ……」

「いえ大丈夫です」

「私がついていって───」

「───ほホントに大丈夫ですから!」


 無理やり馬車に乗ろうとするところを何とか押し返す。

 なんだか、今日ちょっと変だな。


 後ろの方から、馬の声が鳴り響いた。


「あそこは危ないんだよ?わかってんのかい?」

 いつになく弱弱しいその声。


「はい、なんとなく」

「なら……」

「でも、大丈夫です。だって───」


 僕は、後ろに座る3人に目を配った。


「皆がいたら、なんとかなる気がするんです」

「っ!」

 励ますように笑いかけた。

 後ろのみんなは、何だか誇らしそうに笑っている。


 ベルゼさんは、両手を強く握っている。


 そして、馬車は鞭の音と共に動き出した。


「じゃあ行ってきまーす!」

 遠ざかる彼女に聞こえるように、手を振りながら朝で出せるできる限りの声を張った。



───「ほ、ほんとに大丈夫なのかい?」

「もーベルゼちゃん心配心配しすぎだよ!」

 そういいながら、太陽のように笑う少女。



「大丈夫!何とかなるよ!」



───「まっ待って……」


 遠ざかる馬車。車輪の音。

 とっくにもうこっちを見ていない少年。


「いか、ないで……マリア……」


 そんなシルエットに、気が付けば左手が伸びていた。

 奥歯を少し噛みしめながら、ただただそれを見つめる。


 しかし、夢はまるで見えなかった。


最近は色々あってごめんなさいって感じなんですが、続きは絶対します!

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