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全く、いいものだ

最近遅れ気味だよねー



「はぁ!?絶対私です!」

「私」


 僕の左隣、つまり馬車の運転手側かつ進路方向側に座るロゼルがルーナに向かって指をさす。かえって、出口側、つまり僕の右側に座るルーナは、僕の頭を包むように持ってわずかに自分の方へと倒す。


「その手を離しなさいルーナ!」

「意味が分からない。私の方が向いてる」

「何を言ってるんですか私です!」


 左から右への熱い怒号。右から左への落ち着いた自己主張。

 僕は、ため息をつくので精いっぱいだった。

 向かいに目をやると、剣を右手側に置いて左手側には飲み物と、広々と空間を使っているガレドが頭を抱えている。


「もー……」



───時はわずかに遡る。本当に僅かで、5分や10分のそこら。

それはつまり、出発して1日が経過したころ。


 ハンデルベルクがあったはずの方向から日差しが差し込む。

 太陽は朝だろうと、この季節は容赦がない。

 もし人間だったとしたら、ホルモンのバランスが悪いんだろう。


「あー……」

 僕は違和感が残る首元を左手で押さえる。

 昨日まではなかったのに、旅疲れかな。


「どうしたんですか?」

 眉をひそめながらいつもより弱い声色で僕に問いかけたロゼル。

 僕は愛想笑いをしながら続けた。


「何か、疲れちゃったのかな。ちょっと肩が……まだ2日目なのにね」

「まぁそれは大変です!痛みますか?」

「いや、今は……ちょっと違和感あるくらい?大丈夫だよ」


 眠気もあったからか、馬車に揺られながら何となくで返事をする。

 心配させまいと、って捉えられたのかもしれない。

 「それはまずい」なんて言いながら、急に僕の肩を揉みだした。


「……」

 手を止めず、若干撫でまわすような手つきをしながら僕の顔を覗き込む。


 こういう時、何て言えばいいんだろう。

 正解がわからない。


「ルーナ。揉むのが必ずいいっていうわけではないんですよ?」

 優しく諭すように言った。


「……たしかに」

 ゆっくりと手を離す。

 しかし、何となく肩には手のぬくもりが残っている。

 ……あと、ちょっとより重くなったような気もする。


「最近何か重いものでも持ちましたか?」


 問診のような質問だ。

 診察料はタダでお願いしたいな。保険適用と友達価格で。


「重いもの、かはわかんないけど、ホテルで働いてるから荷物の運搬とかはよくやるよ」

「まあ、それは大変ですね。あの……あそこですか?」


 多分、ホテル・ヴェルデのことだろうな。


「うんあそこ。そういえば、ここ3日ぐらい18階と20階で荷物の運搬多かったから、何せ、1週間とか止まる予定だったらしくて、荷物も多くてさ。もしかしたらそれかも」

「なるほど。なら、恐らく疲労でしょうね。無理しないでくださいよ?」

「疲労かあ……」


 半分愚痴感覚で言ったんだけど、かなり真剣に受け取られてしまった。

 なんというか、胸が少し締め付けられるみたいだ。少し。ほんとにすこし。


 荷物の運搬、なんて大層に言ったけどエレベーターだって使ってるしホントに重いときや多いときは台車も使っている。だから、そんなに大したことはないはずなんだけど……僕の体は、もしかしたら思ったより弱いのかもしれない。

現に肩に違和感があるわけだし。


「心配してくれてありがとう、ロゼルっ」

 しっかり顔を見て言った。こういうのは、相手の顔を見て言うのが大事なんだ。

 彼女は、尖った耳の先を赤くしている。

 たしかに、改まって感謝を伝えるような仲でもないか。


「は、はい……」

 目線を何度か逸らし、何度か合わせている。


 そんな仲ではないとはいえ、いやそんな仲じゃないからこそ改まって言うのが大事なんだ。あと6日もあるし。


 何となくの会話をしながら二人で笑い合っていると、背の後ろのルーナが「んっ」と謎が解けたような声を出した。


「アラト」

「はい」


 突然の呼び出しに反射的に返事をした。

 体を捻って反対を向く。その時、後ろから微かに「あっ」という声が聞こえた。

 その音はすぐに頭から抜けて空気になる。


「……」

 何とも言えない真顔で見つめられる。

 目線で言えば、目……というよりもその僅かに下。

 まるで、僕の顔の何かを探すような視線だ。


 その間に続いていた車輪の音と入り混じる不格好な沈黙は、ルーナの口が開かれたことによって成るべくして破られる。


「ん、やっぱり疲れてる」

「そうかな?」

「隈」


 そう言って、人差し指が差したのはさっきの視線と同じ場所。

 僕のすぐ目の下、涙点から下瞼にかけて。


「え、できてる?」

 僕はそこを指でなぞった。本来隈が出来ていても感触じゃわからないはずなのに手は自然と動く。

 朝の眠気眼(ねむけまなこ)、かつ旅慣れしていない体故によく眠れなかったせいで何も考えていないから。


「夜寝れた?」

「んーあんまりかな」

「やっぱり。枕ないせい」

「いやそうとも限ら───」


 言い切る前に、僕の頭と首元に手が伸びる。


「えっ?」

「私が枕する」「えっ!?」

 前からは耳を疑う発言、後ろからドでかい声が耳をつんざいた。


 頭は、そのまま少しずつルーナの紫色のスカートあたりへとゆっくりと沈んでいく。

 体は、どうすればいいのかわからずに背中を下にしようか横に半身になろうかと狼狽えている。


 そんな中。

 僕の左肩から右肩へ、大きく腕が伸びた。

 その腕は、そのまま僕の体を掴んで後ろへと引っ張る。


「ダメですっ!」

「ダメじゃない必要」

「必要とか───そういうことじゃなくて!」


 体は後ろへと引っ張られ、首から上は視線の下へと引っ張られる。

 首の根元から痛みが駆け巡る。


「膝枕ぐらい、いい───」「───いたいいたいいたい!」

「だからっずるいです!───」「───ホントに!ホントに痛いから!」


「ロゼルは暑苦しい。アラトには私くらいががちょうどいい。ね?」「はあ!?」


 そう言いながら、ルーナは僕の顔を覗き込む。

 僕は今どんな顔をしているだろう。


「夏場に太い脚じゃ暑いっていってる」

「そ、そんなことないです!太くないし暑苦しくないです!」「いてててて!!」


「私が膝枕すべき」

「はぁ!?絶対私です!」



───とか言うことがあって今に至るわけだけど……

 今は、あと退く痛みに耐えるのに精いっぱいで思考が回らない。

 それに、走馬灯のように振り返ってみたわけだけど、本当にくだらないがゆえに姿窯から抜け落ちようと、記憶のタンスからいらないものでも捨てるように忘れようとしている。


「アラト」

「はい」


 僕の頭を抱えながら、耳元で名前を呼んだ。

 鼻からだろう軽い息が耳にかかる。


「どっちがいい?」

「膝枕?」

「ん」


 どっち……正直、かなりどっちでもいいというか。

 本当なら、世間体を気にして丁重にお断りしたいところ。

といっても、この3人と運転手さん以外いないこの空間で世間体もくそもないし、それにここでどっちかを選ばないとまたなにかでけんかしてしまいそう。


でも、これだけは言わせてほしい。


「もー……あと5日もあるんだよ?今日も入れたら6日なのにさ……」

「「……」」


 そんなこと、どうでもいいと言わんばかりに返事が聞こえない。

 ガレドに目をやった。


 目をつぶって、下に俯いている。


 僕も、目をつぶった。



───結局……


「ふんふんふ~~ん」


 馬車の揺れは、まるで彼女の鼻歌に相槌を打つかの様。

 僕は、柔らかさの2層先に程よい硬さを感じる枕に左耳をうずめる。

 主に白いスカートの奥から感じる温もりも相まってのことか、乗せている頭だけでなく体まで包み込まれている。

 しかし、吹き込む生暖かい風が、それは心地故の空想だと教えてくれる。


 体を右へ直角に回すと、鼻歌声の彼女と目が合った。

 口元は力の抜けた笑みを見せて、細くした目には淡い輝きが映っている。


「どうですか?」

「うん、寝れそうだよ」


「な、なんで……」


 向こうで長い(つば)に円で囲まれたとんがり帽子をかぶる少女が、今を把握できないという苦悶を浮かべている。


「ふっふっ……私の勝ちですよルーナ」

 僕の頭を撫でつつ、鼻から素早い息を吹く。

 きめの細かい手袋の感触が、僕の髪を伝っている。

 その愛撫に任せて、僕は目を瞑った。


「なん、で……」

 これは───僕に対しての言葉だろう。


 理由は、明確にある。


「だって、ルーナはロゼルの悪口言ってたけど、ロゼルは言ってなかったでしょ?」

「そんな……」


 声色から、どんな表情かがわかる。

 きっと、珍しい表情をしているんだろう。


 なんというか、ちょっとだけいいな。

 こんなことを思ってしまうのは、ルーナのことを知れたような気がするからかもしれない。


「優しさは必ず勝つ!ということですよ」

「むぅ」


「ふふっあはは」

 ツボに入ったように笑ったわけでもない。

 いつもなら気にもならないくらいのことのはず。


 なのになんだろう。

 ものすごく、すっきりしている。

 腹を抱えて笑った時のような感覚から、疲れを取り除いたような───嗚呼。


 そうか。そうだよね。

 1年……1年半振りだもんね。


前話はしっかり全話覚えてますよ!


あとまじですみません!

いつも間に合いません!


もっと精神安定させるように努力します!


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