初めての時は、上手くいかないことを楽しむものなのかもしれない
前回は、大豪邸の回でした!
今回もよろしくお願いします!
あれから何日か経って、夏の日差しは本格的に強くなってきた。
冷房の効いたこの室内ですら、窓の前では暑さを感じるほど。
きっと、そのせいなんだろう。
「おはよ、アラト君」
朝の受付裏には、従業員の皆さんが集まっていた。
いつもと変わらないセレナさんの顔。
相変わらずすごく整っていて、何とも言えない大人な雰囲気を感じる。
しかし、いつもとは違う所が一つあった。
「おはようございます……」
僕は、目線を下に逸らす。
いつもの長ズボンから、スカートに一新している。
そこから、すらっとした白い脚が聳えている。
なんというか……いや、あまり見ない方が良いはず。
「んん……?」
セレナさんの斜め後ろから、いたずらに微笑みながらこっちを見ている。
「あ、ミカさんもおはようございます」
「うんおっはよ~!」
朝早いというのに、元気な声。
(よしっ)
今日も一日、頑張らないと。
◇◇
少しだけいつもと違う朝を経て、僕はギルドへと向かった。
服が体に引っ付くのを無視して、掲示板を見つめる。
依頼の紙は、またいつものように余っている。
そこには……
「“ルミナ草 100本”……銀貨1枚か。よしっ」
右上に大きくGと書かれたその紙を、ピンから優しくとって受付へ歩く。
「すいません、これ受けたいんですけど……」
ギルドとなると、上手くしゃべれないな。
なんていうか、ちょっと押されるというか。
特にこの人の場合は……
「あ?はいこれですねー」
その人はカウンターに置かれた紙を、乱雑に取り去ると素早くハンコを押した。
そして、ため息をついてこっちを見る。
「これ、初めてですか」
「あ、はいそうです」
「そ。まあ……暑いので気をつけてくださいね」
「は、はい」
何か、いつもと違う。
いつもなら“気をつけて”なんて言わないのに。
マニュアル更新されたのかな。
とか、無駄なことを考えながら外への扉に向かっていた。
しかし───
「よっアラト」
ぶつかったかと思うほど雑に肩を組まれる。
左肩にまとわりつく筋肉質な腕に反するように、右肩には柔らかい胸がぶつかった。
動こうにも動けないくらい力が強い。
これは間違いない……
「ベルゼさん……」
「んだい元気ないねえ。今何してんだい?」
「えとルミナ草っていうのを集めに……」
むわっと包まれるような体温。
だいぶ冷房の効いてるこの部屋でも、汗をかいてしまいそうだ。
「そうかい、ようやく見つかったんだね。よかったじゃないか」
「はい」
「よしっじゃあルミナ草の取り方、教えてやるさ」
「え?」
───と、そんなこんなで僕たちは街の外に来ていた。
目の前に大きく広がる大草原。
左手のしばらく奥にはクルルの森が鬱蒼と佇んでいる。
それにしても、街中と違って日差しが比べ物じゃないくらいに強い。
まあ遮るものが何もないんだし、それもそうか。
でも、マジックバッグにはあの時貰った氷入れが入ってる。
熱中症になりかけたら、これを使おう。
「よし、じゃあ草抜きやるよ」
僕たちは、その草原に遠慮なく足を踏み入れていく。
「アラト、あんたはルミナ草をどのくらい知ってる?」
「そうですね……見た目くらいです」
たしか、真っ白な花があって怪我の治療薬になったりする草花だったはず。
懐かしい。小等部の生物の教科書に、例としてよく絵が描かれてたっけ。
それで、結構どこにでも生えるからスケッチなんかもしてたけど、見つけるのが難しいからほとんど先生が摘んでみんなに配ってたんだった。
「あとは、どこにでも生えてるけど見つかりにくいとか……」
「そう。その誤解をとるんだよ」
そういうと、ベルゼさんは先生のように僕の目を見ながら語る。
「ルミナ草は、ルミナテントウっていう小さな虫を使って受粉する、虫媒花さね。ただ、ルミナ草の蜜は、そんな沢山はない。だからこそ、ハチみたいに大きな虫が寄るのを避けなくちゃならないんだ。だから…見つかりにくい、ってのは数が少ないんじゃない。“隠れてる”んだ」
すると、草を見定めるように見渡す。
草が微かに伸びた区間に目が止まると、そこへと歩きだす。
おもむろに立ち止まったかと思うと、その草をどけるようにして指さした。
「ほら、これだ」
隠れるようにして生えた白い花。
教科書で何度も見たからこそ、すぐにわかる。
ルミナ草だ。
「おお……」
つい感嘆の声が喉から漏れ出てしまった。
まるで博士のような知恵。
それらを生かすフィールドワークの力。
これが冒険者……
きっと今僕は、間抜けな口を開けっぱなしにしているんだろう。
「こういう、大きな草に隠れるようにして生えてる。だからこそ見つかりにくいんだよ、もうわかったかい?」
「はい!」
「よし、じゃあ摘んでみな」
腰を下ろし、その花を見つめる。
摘む……
普通に摘めばいいのかな。
僕はがくの下を持って、ルミナ草を上に引っ張る。
強い抵抗もなく、優しく力を加えただけで根っこごと引っこ抜けた。
抜けると共に、土が微かに盛り上がっている。
なんか拍子抜けだけど、Gランクの依頼だしこんなものか。
「抜けましたよ。どうですか?」
ベルゼさんへ目を配った。
口をゆがませて頭を掻いている。
「あーそうじゃない。いいかい?さっき言った通り、この花の繁殖場所は限られてる」
「はい……」
「それに、その根っこには毒があるんだよ」
「毒?」
ルミナ草は一般的な治療薬の材料なはず。
そんなものに、毒があるなんて……
薬と毒は紙一重、みたいな話じゃなさそうだし。
「そもそも、ルミナ草が治療薬として使われる成分は光合成の時に生み出される。そして、根っこはその成分の濃度が極端に低いから、そもそも必要ないんだよ。毒もあるし成分も少ない、薬局にとってはそこを除ける作業もいるから、ただの手間さね。だからこうやって───」
ベルゼさんは、茎が地面と触れ合うくらいの下の方を掴むとそのままひねる様にしてもぎ取った。
手元のルミナ相は茎からきれいに取れていて、地面には生えていたっていう痕跡すらない。
「茎から上だけとるんだよ。やってみな」
「はい!」
中腰で歩きながら、大きめの草を探して……あった。
その後ろを見ると、小さく花が咲いている。
これだ。
「優しく、ひねるようようにね」
「はい……」
軽くつまんで、回すように上に引っ張る。
軽い抵抗の後、茎は呆気なく切れた。
地面には、少しだけ切り損ねた茎が残っている。
「ああ……」
やっぱり、上手くいかないな。
「まっ最初でこんだけできりゃ上等さ。もうやり方わかったろう?」
「はい!」
「じゃ、ちゃっちゃと依頼終わらせるよ」
「はい!」
───それから、僕は暑さを忘れて花集めに没頭した。
段々と花を余すことなくとれるようになっていくことが、自分の成長が目に見えるのが嬉しかったんだろう。
最初は途方もないような数に思えた100本も、熟練者のベルゼさんに手伝ってもらったおかげですぐに終えた。
僕たちは、手に一杯の花束を抱えて集まっていた。
「今日はありがとうございました!」
「いや、いいんだよ。私がしたくてしてるだけだからね」
夕日のおかげで、ベルゼさんの赤髪は一層輝きを増して生ぬるい風になびかれている。
優しく微笑む笑顔には微かに影がかかっていて、大人な妖艶さが増しているように見えた。
そんな時、目の前が馬車を通る。
「おっと───」
庇う様にして、僕の前に手を突き出す。
(……)
こんなこと思うのは、失礼なんじゃないか。
そうわかっていても、思ってしまう。
ベルゼさんは、僕に親切だ。それは、申し訳ないと感じるくらいに。
馬車を見送った後。
僕は、唇を震わせながら声を出した。
「その、疑うわけじゃないんですけど…」
「ん?」
「なんでそんなに、僕に親切にしてくれるんですか?」
「……」
そう言い放った時、ベルゼさんの目が微かに見開いた。
その後、ため息を漏らすように笑う。
「そうだね……ああ、そうさ。ただの気まぐれだよ」
真っすぐ見つめるその顔は、僕と向かい合っているはずなのに───
どこか遠くを覗いているような、そんな気がした。
「なんにせよ嬉しいです。ありがとうございます、ベルゼさん!」
「っ」
───「──ね、ベルゼちゃん!」
「ふふっ」
───また、何かを見つけたように目を見開いた。
それは、少しだけ光を反射する水面のように輝いたような気がした。
しかし、それもすぐに戻る。
「……ぃよしっ報告済んだら飯行くよ!」
親指で街の方を指す。
「えっ」
「えってなんだい、えって」
胸の奥が騒めき出す。
「いやその、またピザとかならちょっと……」
「嫌なのかい?」
「その、最近よく食べててちょっと飽きちゃって……」
完全な嘘だけど、今を切り抜けられるなら構わない。
吐きそうなくらいまで食べさせられるのはもう勘弁なんだ。
「そうか……じゃっ行きつけのステーキ屋あるから、そっち行くよ」
「え、えと高いのはお財布的に……」
「んなもん、奢るに決まってんだろう?ほら、そうと決まれば、ちゃっちゃか報告だ!」
これは……逃げられそうにない。
しょうがない。今日という日をあきらめよう。
僕は、人生で初めて、夜にシフトが入っていない今日を心から恨んだ。
読んでくれてありがとう!
最近忙しくなりそうだから、今週はこの回だけの投稿になりそうです。
また会おう!




