~飢える羽の子(1)~
外は雨が降っていた。
暗がりに打ち突ける雨粒の光景を、僕は今日から不吉だと考えるようにだろう。
『おいコラ騒いでんじゃねぇ!!日はとっくに沈んでんだよ!!!』
ヤジが聞こえたと思えば、それは直ぐ様小気味の良い靴音の束によって離れていく。
足を止める訳にはいかない。雨粒の光景がヒビを伴って飛び出してきたと思えば、それは今は僕達を追い掛ける人影となって跋扈しているのだから。
「━━っパーシィ! 食い止めてっ!!」
「う…うん!」
踵を返す彼女。自らの肩に背負う得物を器用に振り抜くと、迫る人影の渾身の一振りを受け止めた。
投斧と鉈との鍔迫り合いは華奢な身体からは想像出来ない光景だった。金属がたゆみ、軋む音が靴音の代わりとなって、空間を今もなお静かに引っ掻いている。
「(見る限りでは絶対に叡知派ではない。彼等のような者達が、あんなみすぼらしい格好を許す訳がない)」
雨に濡れた人型は、その全身を幅広い布切れで覆っていた。擦れた黒色の、使い振るされたローブにも、捨てられたカーテンにも見える布からは微かに刺激臭が交わり、甚く不快だ。
……しかし、そんな物すらも纏う人型。その姿からは、『絶対に姿を見られたくない』という強い拒絶が感じられた。
『おいなんだよありゃ……』
『正気かよ…争いなんてご法度だろう…?』
『店の者……いや、衛兵だ、国衛兵を呼んでこい!』
次第に廊下が騒がしくなる。旅客達の反応は当然だろう。少なくともシヴァル国首都において、『人』同士の争いは禁じられている。夜の更けた今は安息こそが当たり前で、小競り合いなど起きてはならない現象だ。
幸か不幸か、当然の反応は黒布の人型を追いやったようだった。鉈で彼女を押し返すと、軽い身のこなしはそのままにその姿は廊下の奥へと消えていった。
「━━━━っっはぁぁ~~………」
互いに冒険者だったから気付いた。気付けた。気付かなければ此処が僕達の旅の終わりとなっていただろう。
きっと、手渡された抵抗権すらも幸運の積み重ねの一つだ。彼女の側にいるからか、迫ってきた白刃を久しぶりに『怖い』とすら思えた。
彼女は僕以上に疲弊した事だろう。咄嗟の判断を、有無を言わずに聞き入れた。受け止めた。その代償に、溜め息を皮切りにして彼女の全身は一気に脱力した。
「……怪我は?」
「だ、大丈夫。……なんでかな、スッゴく緊張した」
手が震えていた。『無理もないだろう』という同情を抱いた後だった。彼女は続ける。
「私よりも細かったんだ。腕。
……なのに、私よりも力強かったんだ。…力負けして…もう少しで押し返されそうだった」
震えの正体は疲弊や緊張ではなく、唐突の対応に追われる類いの恐怖でもない。恐怖の系統は未知や異常の一端に触れた、先行きの見えない類いの恐怖だと察した。
『んだよ…。冒険者が騒がせやがって…』
『これだから最底辺は……』
……僕達に向けられる冷たい視線。同情は欲しくないが、かといって二人同時に死に目を見た今罵声を浴びせられるのも気持ちの良い物ではない。
ふと目線を濡れた床に移す。…扉を閉めた時の風が、静かに『何か』をふわりと浮き上がらせた。
「………羽?」




