003
翌日も爺さんと出会えなかった俺は、とりあえず、鉱山都市から旅立つことを決めた。宿や食料の確保が必須となれば、どこかに移住する人も増えるだろう。今ここにいない人物を待ち続けることは得策ではない。
まったりと七都市巡りをしていれば、いろいろ耳に届くかもしれないからな。
「なんやもう鉱山都市から離れるん? まあ、それぞれ都合はあるもんね。それはそうと一つ頼み事があるんやけど構へん? もし『ベッフェロークラウン』についてなにかわかったら教えてもらえへんやろか? 神都のギルド組合に情報提供の依頼は出してるから、NPCを通じて伝えてもろたら報酬も出せるんよ」
「わかった。ところでストラトスさんは?」
「二日酔いで寝てるわ。珍しく上機嫌やったし、蓮のおかげかもしれへんな」
「フェチに理解のある人は少ないからな。ちょっと眼鏡を舐めてみたいと語っただけで変態扱いされることも多々あるんだよ」
「いや、それは変態やろ」
「違う! 変態というのは好きな女子の下着をあらかじめ盗んでおいて、その子と一緒にいるときに着用しているような奴を指すんだ!」
「いやいや、それもう変態やなくて犯罪者やん!」
「むむ……その辺の判断は難しいからな」
フェチと変態と犯罪者は似て非なるものだ。
しかし微妙な差異は玄人にしかわからない。嘆かわしいことだが素人を責めるわけにもいかないだろう。変態の汚名を着せられたとしても甘んじて受け入れるしかない。
「ほな、またね」
「ああ。ストラトスによろしく言っておいてくれよ」
鉱山都市を出発した俺は、反時計周りで七都市を巡る。
二つの都市を経て森林都市サニエスタへ到着した。都市間の移動に一日を要するため、帝都を離れてから三日経っている。合流場所と残り時間を考慮すれば、水上都市ベネチスには寄れただろう。しかしこの街で思わぬ事件に遭遇してしまうのだった。
森林都市サニエスタは文明の利器を放棄したような、長閑で旧時代的な建造物を擁した一風変わった街である。科学と反比例するよう暮らしに魔術を取り込んでいるため、生活水準についてはほかの都市と比べても遜色がない。
街を散歩して最初に違和感を覚えたのは、小学生くらいと思われる子供の多さだった。たまたまかもしれないのだが、子供たちと出会う確率が高い。おそらく他都市とは比較にならない頻度である。
そんな不思議体験をしていると、随分と珍しい衣装を発見した。
いや、正確には懐かしいと表現すべきなのだろうか?
夏休み以前は普通に見慣れていた服装だからな。
「いらっしゃい」
奥から姿を現した店主らしい女性が優しく微笑む。
赤い生地に桜と一抹の描かれた着物と、優雅な所作が大人の魅力を醸し出している。
女店主の着ている和服も充分に珍しいのだが、それ以上に並べられた装備品に視線が向かう。露店には背広や制服といった日常的に見かけたものから、着包みや衣装に近いような布製品まで取り扱われている。
「随分と種類が豊富ですね。背広と制服だけで五十種類くらいありませんか?」
「ああ、それはデザインが異なるだけで中身は一緒なのよ。装備品としては全部『学制服』なんだけど、見た目を変えるだけで何着も購入してくれる層がいるのよね。特殊生産技術のおかげで商売繁盛しているわ」
手近の学生服に触れながら女店主が説明してくれる。
どうにも気になってしまった俺は、詳細を知るための質問を投げ返した。
「それって裁縫の特殊生産技術ですか?」
「あら、あなたも生産職なの?」
「はい。ただ裁縫師ではなくて彫金師ですけどね」
「それなら話は早いわね。裁縫の特殊生産技術で間違いないわよ。ただ正確には裁縫の『特殊生産技術Ⅱ』かしら? 次の修得クエストも受けてはいるんだけど、課題の『琥珀の縫い針』と『虹色の糸』が、入手先の目処さえ立ってなくて大変なのよ」
俺は「特殊生産技術Ⅱ」修得者の多さに愕然としてしまう。
この女店主やストラトスやライザが特殊なだけで、たまたま短期間に巡り合わせただけかもしれない。しかし俺の自信は大きく揺らいでいた。誰にも追い付かれないくらい突っ走ったつもりが、いつの間にか誰かに背中を捉えられようとしている。
「ところで『エレクトラムインゴット』って生産できたりする?」
「えーっと……ちょっと待ってくださいね」
俺はNPC職人から教えてもらったレシピ一覧を開く。
一度生産したものやレシピを教わったものは、仮に本人の記憶から抜け落ちていたとしても、きちんとデータ化されて保存されているのだった。質問された『エレクトラムインゴット』の生産レシピもしっかり一覧に記載されている。
「素材となる『鉱石<金>』と『鉱石<銀>』の数が揃えれば生産できますね」
「本当? 依頼できるかしら?」
「ええ、まあ」
詳しく話を聞いてみると、これまで生産できる彫金師に出会ったことがないらしい。
若干威厳を取り戻したこともあり、女店主の依頼を受けることにした。というのは自尊心を守る建前みたいなもので、本当は女性に強く頼まれると断れないだけである。
俺は女店主から素材を受け取り生産を開始する。神々しいまでに豪華なエフェクトが工具を包む。これは特殊生産独特の演出で、いわゆる通常生産では発生しない。
【エレクトラムインゴット】
――――――――――――――――――――――――――
金と銀の混合物で琥珀色に似た紋様を浮かべている
競売可能/譲渡可能/複数所持可能
――――――――――――――――――――――――――
「手数料はいくらかしら?」
トレードウィンドウを開きながら女店主を小首を傾げる。俺は「いつかこちらからの依頼を受けてください」と告げて『エレクトラムインゴット』を乗せた。そのままトレードを完了させてウィンドウを閉じる。
「随分と気前がいいのね。彫金師ってそんなに儲かるわけ?」
「そういうわけじゃないんですけどね。単純に手数料の相場を知らないだけですよ」
「その割には生産までの手際がいいような?」
「…………」
責められているわけではないので、俺は肩を竦めて曖昧にしておいた。
しばらく生産に関する苦労話をして、その後、他愛ない世間話へと切り替えていく。
流れの中で気になっていたことを質問してみる。
「ほかの都市より子供の比率が多くありませんか? それとも俺の勘違いなんですかね。どうも子供と出会う確率が高い気がしたんですけど?」
「いや、あなたの洞察力は正しいよ。実際に森林都市には数多くの子供が暮らしてる。小学校の教諭が教室を開いてくれてるんだよ。その噂を聞いた家族連れが森林都市に移住してくるから、ここ半月くらいですっかり家族色の強い街になったね」
そんな話をしていた矢先、子供たちが店の前を駆けていく。
最初に活発そうな三人組の男の子が通り、その跡を一人の女の子が追いかけていく。
一見すると女の子が背伸びをして男子の中に紛れ込んでいるような組み合わせだ。
しかしどうやら実態は陰湿極まりない苛めだった。
「私の眼鏡返してよう」
「やーい、不細工眼鏡。悔しかったら力尽くで取り返してみろよ」
からかいながら男の子たちは眼鏡を投げ渡し合っていた。
これは由々しき事態である。しかし大人の俺が割り込むことは憚られた。
この場を上手く乗り切れたとしても、その後、女の子を見守れるわけではないからだ。中途半端に関わってもろくな結果にはならない。最後まで面倒が見れないなら、結局のところ、余計なお世話になってしまう。
「許し難いな。あいつらに眼鏡を見ただけで小便を漏らすような恐怖を叩き込んでやったほうがいいんじゃないですか?」
「あはは……すごい発想だね」
「いやいや、大人として当然の教育ですよ」
「どんな大人だよ! それに実情はきちんと把握しないといけないわ」
促されて俺は子供たちの行動を注視した。
よくよく観察すると、苛めというより、好きの裏返しである。好意を素直に伝えることができず、逆の行動を起こしてしまうあれだ。最近の子にはない感性だと考えていたのだが、まだまだ昔ながらの子供が存在するらしい。
「私の眼鏡返してよう」
結局、女の子が泣き出しそうになったことで事態は収拾する。
眼鏡を返した男の子たちは蜘蛛の子を散らしたように逃げていく。
その中の一人は何度も女の子を振り返り心配していた。それなら最初から悪戯なんてしなければいいわけだが、それ以外の手段で、女子の気を引く方法を持ち合わせていないのだろう。なんとも滑稽な話だが好きな人の前で素直になれない経験を持つ人は多いのである。まだ蕾の眼鏡っ娘を守るためにも、ここは俺が一肌脱ぐしかないな。
「さっきの手数料、その着包みでもいいですか?」
俺はご当地キャラクター風な熊の着包みを指し示しながら交渉する。
女店主は瞳を瞬かせてから言葉を紡いだ。
「安物だけどいいの?」
「子供に話しかけるなら大人の姿より着包みのほうが安心するでしょう?」
「うーん……まあ……油断はするかもね」
「ともかく手数料としてもらえると助かります」
「わかった。こっちも断る理由がないからね」
着包みを受け取った俺は裁縫師の女店主と別れる。
それから散り散りになった男子の一人を捜索する。
森林都市らしい緑豊かな街並みは、老若男女問わず気持ちが癒される。
街外れにある大きな木の下で目的の人物を発見した。
俺は熊の着包みを装備して大木の後ろへ回り込む。
「おい、少年」
「え?」
不意に声をかけられた男の子は驚きながら周囲を確認する。
声の発信元的に大木が喋り出したような錯覚を覚えたかもしれない。
男の子は不安そうな声でぽつりと呟いた。
「誰……だよ?」
「君と話がしたい。だから俺の姿を見ても逃げ出さないでくれるか?」
「…………」
「約束してくれたら眼鏡っ娘と仲良くなれる方法を教えてやろう」
「…………」
「まあいい。逃げたければ逃げ出せばいいさ」
俺は大木の陰から姿を現した。
小学校低学年くらいの男子は少しだけ表情を緩める。
「どすこい熊五郎?」
「いや、どすこい熊五郎という名の眼鏡の妖精だよ」
「眼鏡の妖精?」
少年は怪訝そうな表情を浮かべる。下手に取り繕うより本題へ進むべきだろう。
「さっきの眼鏡っ娘が好きなんだろ?」
「そ……そんなんじゃねえよ」
「なにも恥ずかしがることはない。あれだけ眼鏡が似合っていたら好きになって当然だからな。むしろ問題は素直になれない君にある」
「…………」
「いつまでも憎まれ口を叩くつもりなのか? 俺に任せえてくれれば千の言葉を用いて眼鏡っ娘を褒め称えられるようになるぞ」
「本当かよ? どすこい熊五郎の特技は相撲だけだろ」
「俺はどすこい熊五郎という名の眼鏡の妖精だからな」
「…………」
「君が損をする要素はないんだから、騙されたと思って俺の話を聞くといい」
ここまで説明しても少年は疑わしそうな視線を向けてくる。
最近の子供は賢しくて困るな。俺は大袈裟に肩を竦めておく。
どうやら根気のいるお節介になりそうだ。




