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支度

八月六日木曜日曇り



天気予報は明後日の台風について語っている。この台風がすぎたらようやく東京を出る。何をしたらいいかわからないが、支度をしよう。

部屋はそう汚いわけではないが、意外とものが多いので仕分けからだ。カードゲームの類はレアカードも少なからずあるのでカードショップに。シリーズ全巻揃っている小説と漫画は買取もしてくれる古本屋に持っていこう。その他は近くに専門の買取店がないので全部まとめて箱に詰める。服、文具、生活雑貨、アクセサリー、図鑑、専門書、まとめ終えるとギチギチに詰まった大きめのダンボール三つになった。布団はこのままでも寒がりな母さんが使うだろうし、座布団も同じ理由でそのまま。小さい机は一緒に買取だ。その他の売れそうにないものは仕分けて袋につめてゴミ捨て場に出してきた。

雨が降り出すのは明日の午後の予報なので、買取店に持っていくのは明日でいいだろう。

小さめのキャリーケースにおそらく寝巻きになるであろう服も含めて十着ほど詰める。あとはモバイルバッテリーと充電器、身分証、バスタオルを三枚、歯ブラシ、お気に入りの小説、貴女から貰ったものを詰める。他に足りないものがあったら買えばいいだろう。

あとは捨てるのも売るのももったいないものを他人に譲るだけだ。その前にお昼ごはんを食べてからにしよう。



呼び鈴を鳴らすと小さい女の子が出てきた。

「あ、お兄ちゃんときのうあそんでたおともだちの人!こんにちは」

「こんにちは、お兄ちゃんは今お家にいる?」

「今ね、バイトでいないの。夕方まで帰ってこないよ」

僕が知らないことを教えてくれているからか、なんだか誇らしげに話してくれた。

「じゃあさ、お兄ちゃんが帰ってきたらこれを渡してくれないかな?」

ほとんど新品に近い黒のスニーカーを渡した。個人的に履き心地が好きじゃなくて、買ったはいいものの靴箱の中で眠っていたやつだ。新しい靴が欲しいとか言っていた気がするのでちょうどいいと思った。

「わぁー、おくつくれるの?ありがとぉ!お兄ちゃんにちゃんとわたすね」

「あとこれ、これは妹ちゃんにあげる」

小さめのくまのぬいぐるみキーホルダーをそっと手渡した。

「くまさんだ!やった!おにいちゃんありがとぉ」

嬉しそうにくまの頭を撫でてお腹の部分を頬ずりしていて、誠に可愛らしい。あの遠慮の欠けらも無い兄とは大違いだ。

しばらく妹ちゃんのお話を聞いてからバイバイした。

最後まであの小さい手を振っていてとても健気だ。


次に向かったのはこの辺の老人たちの面倒を見てくれるお姉さんの家だ。

僕のおばあちゃんも多くはないが、何度かお世話になっているので感謝も一緒に伝えた。


最後に貴女の家へ向かった。嫌な思いは微塵もないが何故か足取りが重くて、呼び鈴を押すのを少し躊躇った。

意を決して呼び鈴を押すと貴女のお母さんが出てきた。

「まぁ…こんにちは。少し上がっていかない?」

相変わらず綺麗な方だ。疲れを感じさせない顔で出迎えてくれた。

「実は僕、もうじきここを離れようと思っていまして。あまり大荷物は持っていけないので、私物ですが良かったら貰っていただければと思って」

箱に綺麗に収まったガラスペンを取り出した。

「お母さんはよく書き物をしていると聞いていて、使えればと思って……」

お母さんはじっと僕の目を見つめると、何かを察して諦めたかのような表情を少し見せたがすぐに戻った。

「そうなの、あの子から聞いたのね。これはありがたく頂くわ。いつ頃ここを発たれるの?」

「明後日の台風が過ぎたら発とうと思っています」

「随分早いのね。どうか気をつけて」

この顔を僕は知っていた。紛れもない微笑みなのに哀しさが隠しきれていなくて、でも当の本人はそれに気づきながらも全く気にしない、この顔を。貴女の微笑みはお母さん譲りだった。

きっと荘厳な雰囲気を醸し出す御仏壇が、ほんの僅かなこの無言を長く感じさせただけだろう。


「はい、ありがとうございます。それと、これも渡すと言うよりかは返すに近いですが」

朽ちないように加工した花を、小瓶に閉じ込めたネックレスだ。貴女から二つも貰っていたので、一つを返すことにした。片喰、金木犀、銀木犀、種漬花などが入っている、綺麗な小瓶のネックレス。

お母さんは黙ったまま大事そうに受け取って、

「ありがとう」

それだけ言った。

その後は当たり障りもない話をして家に帰った。

きっと今日のことを知ったら貴女は怒るだろう。「せっかくあげたのにそういうことしちゃうんだ?まぁいいけど」少しだけいじけてから三十分も経たないうちにケロッとしていて、何か面白いものを見つけてそれに夢中になるんだろう。

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