川
八月五日水曜日快晴
今日は特に予定がない。家族分の朝ごはんを用意してからおばあちゃんを起こしに行く。
「おばあちゃんおはよう、朝だよ」
そう言いながら部屋を開けると、いつから起きていたのか、おばあちゃんは紙になにか書いていた。
「はい、おはようございます」
「朝ごはんできたからさ、一緒に食べに行こ」
体を支えながらリビングまで連れていくと、父さんが先に座って朝ごはんを食べていた。
「おはよう……」
「あ、あぁ…おはよう父さん」
基本無口で目でものを言う人間なので驚いた。なんだか久しぶりにご褒美を貰ったような気がした。
「母さん呼んでくるからちょっとおばあちゃん見てて」
僕の方を見たあとにおばあちゃんを見ているので大丈夫だろう。
階段を上がり母さんの部屋の方に向かって声をかけた。
「母さん、朝ごはんできたよ」
返事は無いが、物音がするので聞こえてはいるだろう。そのうち降りてきて食べるだろうから、もうリビングに戻ることにした。
下へ戻ると父さんはもう食べ終わっていておばあちゃんの食事の介助までしてくれていた。いつの間につけたのかテレビでお笑い番組が流れている。
「父さんありがとう。あとはやるから大丈夫。もう仕事?」
頷くとすぐに仕事の鞄を取って玄関へ向かう。リビングを出る前に小さく「ごちそうさま、いってきます」とだけ言っていた。
ドアの閉まる音だけして、もう姿はなかった。観客席の乾き気味の笑い声がテレビのせいでくぐもって聞こえてきた。
おばあちゃんに残りのご飯を食べてもらって、自分も朝食を食べ終える。おばあちゃんの様子も見ながら皿洗いをしていると母さんが降りてきて朝食を食べ始めた。特に美味しいも不味いも言わずに食べるのでなんとも言えない気持ちになるが、不満が出てこないならマシということで気にしないようにした。
皿洗いも終えて布団を干して、やることをやり終えたらもう昼時だった。
突然スマホに通知が来て確認すると、友人から『遊びに行かね?川とか』と来ていた。少し悩んだが、おばあちゃんは寝ているし、母さんの友達が来る約束をしているようなので邪魔にならないように行くことにした。
『いいよ。行こ』返信して間もなく『じゃあ畦道の電柱のとこ来いよな』と返事が来た。こうやって唐突に誘われて勢いで遊ぶのは久しぶりでなんだかテンションが上がる。
「いってきます」
なんの返事もないが、言うのと言わないのではなんだか気分が違う。
水筒と虫除けと少しだけお菓子を詰めて向かった。
「おーい!お前遅いぞ、炎天下に人を待たせるんじゃねぇ」
会って一番にこれでだいぶ元気がよすぎる友人だ。
「いや、これでも急いできたって。どうせそんな待ってないだろ」
「いや?だって俺お前に連絡してる間もここにいたもん」
「さすがにそれは無理だって……お前が悪いだろ」
ひとしきりグダグダ喋ってから川に向かった。
気温は高くて暑いが川の水は冷たく気持ちいい。川の流れに掠われた水草が足元をくすぐって驚かせる。
「魚とかおれねぇかな、どうせならでっかいやつ。家の水槽に入れたい」
「こんな川じゃとれても小魚くらいだろ。ハゼとか」
川面をじっと見つめると水草のあいまにザリガニが見えた。
「ザリガニならここにいるよ」
「え、ガチ?ちょ、見失わないように見とけ、捕まえる」
網を持ってそっと寄ってくると、追い込み漁かのように足で網に向かって足踏みをして網を引き上げた。
小学生だろうか?この歳になっても本気でザリガニ取りをするんだからコイツらしい。
「どう?捕まえた?」
「ちょっと待てよ、水草が邪魔で見えん」
網を持ってゴソゴソとしている。
「お!ほらいたぞ!捕まえた」
網の中を見せてもらうとあの赤いザリガニの他にも小エビが数匹一緒に入っていた。
「ほんとだ、まだ意外と生き物いるんだね」
「お前もやれよ。ほら、網二個あるから貸してやる」
初めのうちはなんだか気恥ずかしくて適当に掬うだけで何も取れなかったが、次第にそんな恥ずかしさも忘れて夢中になって網を振り回していた。
途中、昼飯休憩もして遊び続け、気がつけばもう空が茜色に染まりつつあった。
「久しぶりに楽しかったわ、誘ってくれてありがとな」
「おうよ、そろそろ帰るか」
「そうだね」
捕まえた魚を名残惜しそうに見つめたあと一思いにひっくり返して逃がすと、帰り道は逆だからと言って帰っていった。
すぐに帰ってしまうのはもったいない気がして川べりに座って足首を水に浸した。
川遊びに夢中だったアイツにどこか貴女の面影を感じてなんだか複雑な気持ちだ。
貴女なら網も使わずにザリガニを捕まえたし、そもそも生き物を捕まえて遊ぶのではなくて、水自体で遊ぶ。何が面白いのか分からないが、両手に水を掬っては指の隙間から零して、水の中に手を沈めてグーパーして遊んでいた。「水って宝石みたいだよね、空の色を閉じ込めてキラキラしてる。こうやってペットボトルに入れたらもう私だけのお宝だよ」水のペットボトルの中身をわざわざ飲み干すと、ラベルを剥がして川の水を入れ直して空に掲げて眺めていた。
あいにく水筒しか持ち合わせていなかったので、飲み口を回して開けて、そこに川の水を入れて覗き込んでみた。自分の顔で影になって少し光るだけの黒色だ。
貴女なら「ブラックダイヤだね」とでも言うんだろうか……。




