↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
4/31

扇風機

八月四日火曜日晴れ



鳥たちが忙しない、まだ午前四時半だと言うのに元気すぎはしないだろうか。カラスとスズメとヒヨドリだろうか?それに蝉まで鳴いている。たまに一気に静まれど、部屋の中では壊れかけの扇風機がカラカラと音を立てながら回っているので、今更寝る気にはなれなかった。

仕方なく棚から処方されている睡眠薬を見つけ出して服用した。依存性が多少なりとある頓服薬(とんぷくやく)なので飲むのは控えていたがしょうがない。

最近は鳥が活動しだす時間と蝉が活動をやめる時間を熟知しつつある。こんな時間に早くに目覚めただけならまだ良いが、ただ単に眠れないだけなのが困り事だ。

それはともかく最近は蝉が暑さで日中にあまり活動していないことに今更気がついたのである。一昔前は程々の暑さの中うるさすぎて最早耳鳴りがするくらい蝉が鳴いていたのだが、温暖化が進んで暑すぎるのか、日が傾いてきたあたりからうるさくなる。そして日が昇っていくと落ち着いていく。虫すらも過ごしにくい夏だ。


何年前だろうか、貴女の家でお泊まり会をした日。ちょうど今くらいの時間に貴女に叩き起されて、外に出たのが懐かしい。眠くて文句を言う僕を少しも気にとめず、引きずってでも森の方へ連れて行ってカブトムシ取りを始めた。困惑して固まっている僕に捕まえたばかりのカブトムシをひっつけて、慌てふためく僕を見て「ただのカブトムシだよ」とケラケラ笑っていた。泣きそうになりながら取ってとせがんでようやく解放されたのは今となってはいい思い出だ。

その後は僕もムキになってカブトムシを捕まえてはひっつけようとして、最終的にどっちの方が大きいカブトムシを取れるかで争っていた。

しばらくして日が昇り始めて帰ることにした。

「日の出ってさ、いろんなものに色がついて世界の出来事を明るみに出すみたいだよね。でも!さっきの時間は太陽も見てないから二人だけの秘密だね」

なんの事だかさっぱりだが、日の出を背に振り返って、いたずらっぽく笑いながらそう言う貴女は遠くに消えてしまいそうだったのを覚えている。

貴女の家に着くと事切れたかのように眠り始めて焦ったが、今思えばクマもできていて、普段からあまり眠れていなかったからだったのだろう。


時計は午前五時を指している。蝉の声が弱まってくるのと一緒に眠気が出てきた。明るくなってきた空はあの日と別の美しさがある気がする。依然として扇風機はカラカラと音を立てて回っているが、今なら気にならない。布団にも入らず畳に寝転がった。気の抜けた寝息が扇風機にかき消されて、穏やかな時間がすぎていく。



暑さで寝苦しくて起きてみるともう十三時だった。自室にはエアコンがないので、扇風機一台。寝苦しいに決まっている。シャワーを浴びてからリビングに向かうとおばあちゃんと母さんがいた。

「おはよう。父さんは?」

「やっと起きてきたの?何回も呼んでるのに起きてこないから……朝ごはんの残りお昼に食べな。お父さんは仕事に行きました」

おばあちゃんも一緒に住んでいて、介護が大変で手伝いをするために実家暮らしをしているが、夏休み前に僕がいきなり仕事を辞めてから僕が全部やることになっている。

「遅くてごめん。朝方に睡眠薬飲んじゃって、多分それのせい。今日は家事も全部やるから…」

「あっそ。じゃあ全部やっといて」

それだけ残して母さんは自室に消えていった。程なくして喋り声が聞こえてきたので、友達と電話でもしてるのだろう。

シンクには浸け置きされた食器が溜まっている。

「おばあちゃん、おはよう。もうお昼ご飯は食べた?」

「お腹空いてないからいらないよ」

「じゃあお水は飲もっか。お外も暑いからさ、家の中にいても熱中症になることあるみたいだし」

グラスに水を汲んで渡してあげる。水道水だと飲まないのでペットボトルの水だ。

なかなか飲もうとしないので困る。

「おばあちゃん、お水飲も?」

「今喉乾いてないの。それよりあの子は来ないの?いつも夏は遊びに来てたじゃない」

貴女のことだった。

「んー、僕も予定を知ってるわけじゃないからわからないよ。もし今日来たらいっぱいお喋りするでしょ?喉乾いちゃうし先にお水飲んどこ?」

「それもそうねぇ、あの子が来たらおっきいスイカ持たせてあげるんだよ。あんたも好きだからもう切ってあるやつも食べようか」

僕の話を遮ってまで楽しそうに話している。それほどおばあちゃんにとって楽しいものなんだろう。無粋にそれを壊してしまう気にはなれない。

「そうだね。来てくれたら食べよっか」

貴女が遊びに来た時はおばあちゃんとの会話もこんなに疲れる感じはしなかった気がする。貴女は何度聞き返されても、本当に初めて聞かれたかのように楽しそうに思い出や出来事を話していた。心から楽しそうに。

そうだ、貴女はよく同じ話をさも初めて話しているかのように僕に何度も伝えてきたことがある。僕は何度も聞くうちに話しの内容なんか聞かなくなったが、貴女にとってはいつでも新鮮で面白い出来事だったんだろう。

なんとか水を飲んでもらってグラスを片付ける。母さんの部屋からは、どこも同じなんじゃないかと思う様な母親特有の笑い声が聞こえてきた。リビングの扇風機は大人しくさぁぁぁとなっている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。