水族館
八月三日月曜日曇り
今日は前から行ってみたかった水族館に行く予定だ。事前チケットはコンビニ引き換えなので、ただの紙切れで可愛げがない。当日チケットは水族館で発券されて、その水族館ならではのデザインがされているので着いてから買うことにしている。
さすがに水族館に行くのに日暮れからの活動はできないので腹を括って外に出た。仄暗い雲に覆われて陽射しは無いが、それでも纏わりつくような湿気が苛立たしかった。
通勤ラッシュと時間をずらしたとはいえ人は多く電車内の居心地は悪かったが乗りきった。
水族館の入口にある発券機で大人一枚を購入した。出てきたチケットには悠々と泳ぐジンベイザメの写真がプリントされていて綺麗だ。こっちのチケットの方が断然いい。
受け付けのお兄さんにチケットを確認してもらい中に入ると、途端に空気が冷えて水族館に来たという事実が実感に変わる。人はそこそこで見やすそうだ。
イワシの群れは一方向に円を描いて泳いでいる。速さはそれぞれなのに、ぶつかる気配がまるでない。イソギンチャクとカクレクマノミの展示では小さい子が目をキラキラさせてはしゃいでいる。クラゲは水流に流されるまま水槽内を循環している。他の客は眺めて写真を撮って、「私クラゲ好きなんだー」などと言っているが微塵も気が知れない。サメは海にいるような怖さはないが、迫力は本物だ。
道順に沿ってそこそこに眺めていく。一周目が終わったらお土産コーナーを飛ばして二周目。今度は気になったところと好きなところだけをじっくり見ていく。
意外にも一周だけで一時間くらい経っていたらしくお腹がすいた気がするが、見終わってからでも平気だろう。一番好きなジンベイザメの展示まで戻ってきた。他の魚も入った大きな水槽を広々と泳いでいる。ゆったりと力強く泳ぐさまを見ていると、いつの間にか自分も水の中に沈んでいるような感覚に陥る。このまま呼吸さえも止めてしまえば水に溶けだしてしまうようなそんな感覚。
気づけば三十分もこうしていた。大きな水槽越しに聞こえる人の声はくぐもって揺らいで、波の形でも聞いているようだ。他にもクラゲとアザラシなどを見てからようやくお土産コーナーにたどり着いた。買うものは決めている。ステンドグラスのような栞だ。前に貴女にあげた時は秘宝でも貰ったかのように大はしゃぎして眺めていた。「陽の光が通って文字の海に海月が浮かぶんだよ?揺蕩う光はやがて水面に……、みたいな!」と大切に使っていた。そんな小さな、そして代わり映えしないものを何年も嬉しそうに眺められる気持ちは分からないが、自分用にクラゲと貴女用にジンベイザメを購入することにした。
レジに並んでいる間変な感じがした、空調とは全くの別物の寒さだ。体が底冷えするようで気持ち悪くて立っていられない。視界の端が暗くて力が抜けていく感覚。
「大丈夫ですか?!」
いつの間にかしゃがみこんでいたようで、スタッフが駆け寄ってきた。
「なにかお水とか持ってます?」
「持ってないです」
か細い声は野次馬にかき消されたようで、首を振って答えた。音が遠のいていく。意識がはっきりしていたのは幸いだ。しばらくすると別のスタッフがペットボトルの水を持ってきてくれて、少し飲んで落ち着いた。それからスタッフさんにお礼を言って飲食店を探す。空腹を放置するのはもう二度としないと誓う。




