自殺
八月二十九日土曜日晴れ
朝から暑かった。窓を開けても入ってくるのは生ぬるい風ばかりで、蝉の声も少しずつ弱くなっている気がする。居間の畳に寝転がりながら、スマートフォンを眺めていた。特に見るものがあったわけではない。ニュースをいくつか流し見して、天気を確認して、また別のニュースを開く。その程度だった。
ふと、夏休み明けの学生について取り上げた記事が目に入った。もうすぐ九月になる。そう思って記事を開く。学校が始まる時期には、学生の心身に負担がかかりやすいらしい。専門家が画面の向こうで、生活リズムの変化や学校生活への不安について話していた。夏休みが終わることをきっかけに、悩みを抱え込んでしまう人もいるという。
「……そういうものなのかな」
独り言のように呟いた。
僕にはよく分からない。夏休みが終わるのが嫌だった記憶はある。宿題を最後まで残していたこともあったし、朝早く起きるのが面倒だと思ったこともある。それでも、学校が始まることそのものを怖いと思ったことはなかった。
画面の中では、専門家が周囲の人間に相談することの大切さを話している。ひとりで抱え込まないこと。普段と違う様子に気づいたら声をかけること。そんな話が続いている。
スマートフォンを伏せる。
今年の夏休みは、あと二日しかない。夏休みと言っても、仕事を辞めて勝手に作り出した夏休みだ。終わりを告げなければならない。僕にはもう分かっている。何もなかったことにはできない。
この夏に見たものも、思い出したことも、貴女のことも、全部抱えたまま夏が終わる。
貴女なら、こういうニュースを見たら何を言っただろう。
「ちゃんと誰かに言えばいいのに」
たぶん、そんな簡単なことは言わないだろう。貴女は誰よりも痛みをわかっている人だったと思う。聞かれたって簡単には話せないことを十二分に知っている。そうやっていなくなってしまったようなものだから。
スマートフォンを手に取って、もう一度画面を見る。ニュースは次の話題へ変わっていた。天気予報。交通情報。新しく開店した店の話。どれも僕には関係のないことばかりだった。
外では蝉が鳴いている。八月二十九日。夏が終わる。あと二日。僕はまだ迷ってしまう。




