↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
24/31

日常

八月二十四日月曜日晴れ



朝、窓を開けると蝉の声が聞こえた。昨日までの熱っぽさは少しだけ残っているけれど、身体はだいぶ軽くなっていた。まだ完全に治ったわけではない。頭の奥には薄い靄がかかっているようで、立ち上がると少しだけふらつく。それでも、寝ていることに飽きてしまった。縁側まで出て、外の空気を吸う。夏の匂いがする。八月も、もう終わりに近づいている。昼前になってから、少しだけ町へ出てみることにした。薬もまだ残っているし、無理をするつもりはない。祖父母の家を出て歩いていると、駅へ向かう人たちと何度もすれ違った。スーツを着た人。シャツの袖を捲った人。眠そうな顔をして歩く人。駅の入口には同じような人たちが吸い込まれていく。電車が来るたび、人が降りてきて、また別の人たちが乗っていく。夏休みなのだから、もっと子供や学生が多いものだと思っていた。けれど、考えてみれば平日の朝だ。夏休みなのは僕の方だけだった。信号が青になる。人の流れが一斉に動き出す。横断歩道を渡りながら、ふと時計を見る。八月二十四日。夏休みは、あと一週間ほどしか残っていない。九月になれば学校が始まる。今までずっと考えないようにしていたことが、急に近くまで来ているような気がした。三十一日間、ただ夏を見に行く。それだけを考えていた。貴女の夏を知るために、知らない場所へ行って、知らないものを見て、思い出したことを書き留めてきた。けれど、夏が終わるなら僕は覚悟を決めなければならない。ある意味では進む。貴女のいる場所へ。そう考えると、途端にこれでいいのかどうか、信念が揺らぐ。駅前のベンチに座って、行き交う人を眺める。みんな、それぞれの生活へ戻っていく。仕事へ行く人。学校へ行く人。買い物へ向かう人。誰も僕のことなんて気にしていない。当たり前のことなのに、それが妙に安心できた。僕だけが時間の流れから取り残されているような気がしていたけれど、実際には僕だって同じように時間の中にいる。夏休みが終われば、僕の時間は隔絶されるだろう。それが嫌なのか、それとも怖いのか、自分でもよく分からなかった。ただ、いつまでもここにいるわけにはいかないことだけは分かっていた。もうそろそろ、覚悟を決めなければならない。貴女がいないことを受け入れる覚悟。実行に移す覚悟。あの日から目を逸らし続けてきたものを見る覚悟。まだ、そんなものを決められるほど強くはない。それでも、三十一日目には決めなくてはいけないのだろう。貴女の夏を見て、貴女のことを思い出して、それから僕自身の夏を終わらせる。そうしなければ、いつまでも夏の途中に取り残されてしまう気がした。蝉が鳴いている。八月の終わりを惜しむように、朝からずっと鳴いている。その声を聞きながら立ち上がる。もう少しだけ歩こう。帰り着く先は家じゃない。夏の終わりが近づいていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。