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八月二十三日日曜日雨



目を覚ますと、貴女がいた。朝だった。窓から差し込む光が眩しくて、目を細める。身体を起こすと、隣に座っていた貴女が振り返った。「おはよう」そう言って笑う。どこか見覚えのある部屋だった。けれど、どこなのかは思い出せない。今日は何をするんだっけ。そう聞こうとしたところで、貴女が先に立ち上がった。「今日は海に行こうよ」昨日まで海にいたような気がする。けれど、それがいつだったのかは分からなかった。貴女は窓を開ける。蝉の声が一気に入ってきた。暑い。夏の匂いがする。「早くしないと置いてくよ」僕は仕方なく立ち上がった。服を着替えて、財布を持つ。何故か荷物は何も持たなかった。貴女と二人で家を出る。外はよく晴れていた。道路は白く光っていて、蝉の声がそこら中から聞こえてくる。貴女は少し前を歩いていた。時々振り返っては、僕がちゃんとついてきているか確認する。「遅いよ」そう言って笑う。どこへ向かっているのか分からない。それでも、貴女が歩いていく方へついていった。しばらく歩くと、小さな神社が見えてきた。見覚えがある。昨日行った神社だったような気がする。けれど、昨日というのがいつなのか分からない。貴女は鳥居の前で立ち止まった。「ここ寄っていこう」境内へ入る。手水舎で手を洗って、貴女は慣れたように拝殿へ向かった。賽銭を入れて、鈴を鳴らす。二人で並んで手を合わせる。「何お願いしたの?」聞くと、貴女は秘密と言って笑った。境内を出て、また歩く。次第に潮の匂いがしてきた。海が近い。道の向こうに青いものが見える。貴女は走り出した。「海だ!」子供みたいに嬉しそうだった。砂浜へ降りる。靴を脱いで、波打ち際へ走っていく。僕も後を追う。波が足元まで来る。冷たい。貴女は笑いながら逃げて、また戻ってくる。「ほら、入ってみなよ」そう言われて、僕も少しだけ海へ入った。波が引くたび、砂が足元から流れていく。貴女はしゃがみ込んで何かを探していた。「見て、これ」手のひらには小さな貝殻が乗っている。その隣には青いシーグラスもあった。「綺麗でしょ?」そう言って、貴女は僕に見せてくる。昨日、僕も同じようなものを拾った気がする。けれど、どこで拾ったのかは思い出せなかった。海で遊んだあと、二人で砂浜に座った。太陽が眩しい。暑くて、汗が出てくる。貴女は濡れた髪を手で払いながら、空を見上げていた。「夏って好き?」突然そんなことを聞かれた。少し考える。好きでも嫌いでもない、と答えた。「私は好きで、大嫌い」前にも聞いたことがある言葉だった。けれど、いつ聞いたのかは分からない。「だって茹だるように暑いし、空は青くて綺麗だし、雲はいろんな色に染まって、世界全部が夢見たい!」そう言って、海を指差した。僕もそちらを見る。青い海。青い空。その境目が分からなくなりそうだった。「こういうの、ずっと覚えていたいな」貴女が言った。僕は頷いた。しばらくして海を離れる。帰り道に商店街を通った。軒先には風鈴が並んでいて、風が吹くたびに涼しげな音が重なった。貴女は一つ一つ覗き込んでいる。「これ可愛い」「こっちもいいな」結局、何も買わなかった。ただ、二人で歩いた。夕方になると、空が次第に深く暗い色に染まっていく。貴女と並んで歩いている。何を話したのかは覚えていない。それでも楽しかった。夜になった。今度は二人で海辺に座って、空を見上げていた。星がたくさん出ている。しばらくすると、一つの光が空を横切った。「流れ星!」貴女が声を上げる。続けてもう一つ流れた。お願い事をしようと思った。でも、何を願えばいいのか分からなかった。貴女は目を閉じて、何かを願っている。「何をお願いしたの?」そう聞くと、貴女は目を開けて笑った。「秘密」また同じ答えだった。海の音が聞こえる。風鈴の音もする。蝉の声も聞こえる。全部が混ざって、どこか遠くから聞こえてくる。貴女が立ち上がった。「そろそろ帰ろう」僕も立ち上がる。手を伸ばす。貴女の手を取ろうとした。その瞬間、景色が揺れた。海が歪む。空が滲む。貴女の姿もぼやけていく。「待って」声が出た。けれど、貴女は何も答えない。もう一度手を伸ばす。届かない。波の音が遠くなる。風鈴の音も消えていく。目の前が暗くなった。またあの場所だ。くらい和室に棺桶ひとつ、中身は空っぽで紙切れ一枚。抗えない力にされるがままで紙を拾うと僕の名前。そうしてまた紙を破った。そこで、目が覚めた。天井が見えた。見慣れた祖父母の家の天井だった。しばらく動けなかった。身体が重い。頭もまだぼんやりしている。窓から蝉の声が聞こえる。カーテンが風に揺れていた。枕元には昨日買った薬と、飲みかけの水が置いてある。夢だったのだと気づくまで、少し時間がかかった。今日の出来事だったような気がした。朝から一緒に歩いて、神社へ行って、海へ行って、風鈴を眺めて、夜には流れ星を見た。全部、本当にあったことのようだった。けれど、そんなはずはない。貴女はここにいない。僕は一人でこの家にいる。そう思ったら、胸の奥が少しだけ寂しくなった。身体を起こそうとすると、まだ熱が残っている気がする。どうやら風邪は治っていないらしい。もう一度横になる。目を閉じると、さっきの夢がまだすぐそこにあるような気がした。貴女の声も、笑った顔も、波の音も。全部がまだ残っている。それなら、もう少しだけ夢を見ていたかった。そんなことを考えながら、僕は再び目を閉じた。

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