海
八月十七日月曜日晴れ
朝から海へ向かった。昨日のうちに決めたことなので、特に迷うこともなかった。水着なんて持ってきていないから、適当な服のまま海へ行く。海岸に着くと、まだ朝だというのに何人か人がいる。家族連れや、友達同士らしい人たちが砂浜に座っていた。波打ち際まで歩いていく。靴を脱いで、裸足になった。砂が思っていたより熱い。少し歩くだけで足の裏がじんじんする。海水が触れるところまで行くと、ひやりとした感覚が足首を撫でていった。波が引くと砂が足の下から流れて、身体まで海へ引っ張られているような気がする。少し怖いような、それでいて面白いような変な感覚だった。もう一度波が来る。今度は少し深いところまで入ってみた。ズボンの裾が濡れる。どうせ濡れてしまったのだからと、そのまま歩いた。波が寄せては返していく。そのたびに砂浜の形が少しずつ変わっていく。
「どこまでも蒼いね。うっかりしてたら空との境目がわかんなくなって空に落っこちちゃうよ?」貴女ならそんなことを言いそうだ。実際、貴女は海へ行くといつも嬉しそうだった。波が来るたびに逃げたり、膝くらいまで浸かってワンピースの裾を濡らしたりして、砂浜でいつまでも遊んでいた。僕はその後ろを追いかけていた気がする。波打ち際をしばらく歩いていると、砂の中に小さな貝殻が埋まっているのを見つけた。しゃがんで拾い上げる。白っぽいもの、茶色い縞模様のもの、薄い桃色のもの。割れているものも多いけれど、綺麗な形をしたものもある。少し先にはガラスの欠片も落ちていた。拾い上げて水で洗うと、角が丸く削られていて、澄んだ青色をしている。シーグラスだ。そういえば貴女が持っていたネックレスにも、こんな色のガラスが付いていた。昨日市場で見かけたものより、こっちの方がずっと綺麗に見える。貝殻と一緒に手のひらへ乗せて眺めていると、太陽の光を受けて透けた。海が作ったものなのか、人が捨てたものなのか。どちらにしても、長い時間をかけてこんな形になったらしい。拾ったものをどうするか少し迷ったけれど、ポケットへ入れた。土産物屋で買ったものより、こっちの方が思い出にはなりそうだった。
さらに浅いところまで行って、水の中を覗いてみる。透明な水の下で小さな魚が何匹か泳いでいた。近づくと一斉に逃げて、少し離れたところでまた集まっている。銀色の身体が光を反射して、見えたり見えなくなったりする。しばらく動かずに見ていると、一匹だけ岩陰から出てきた。魚は僕のことなんて気にしていないらしい。少しだけ手を水につけてみる。魚は驚いて逃げてしまった。代わりに、岩の隙間から小さな蟹が出てきた。横向きに歩いて、また別の岩の下へ隠れていく。追いかけようとしたら、今度は別のところからもう一匹出てきた。思ったよりたくさんいるらしい。貴女なら捕まえようとするだろうか。たぶんする。両手で砂を掘って、逃げる蟹を追いかけて、結局捕まえられずに笑っている気がする。
そんなことを考えているうちに、蟹は岩の向こうへ消えてしまった。波の音を聞きながら、浅瀬に立ったまま空を見上げる。雲はほとんどなく、太陽が眩しい。暑い。汗もかいている。服も濡れている。砂は足にくっついて鬱陶しい。けれど、思った以上に居心地は悪くない。これが夏なのだろうか。貴女が好きで、大嫌いだった季節。
貴女がいなくても、海は波を寄せて、魚は泳いで、蟹は岩陰へ隠れていく。拾ったシーグラスをもう一度取り出して、太陽に透かしてみる。淡い青色が綺麗だった。しばらく眺めてから、自分ごときが持って行ってしまうのは違う気がして、遠くに投げた。もう少しだけ海で遊んでから帰ろう。そう思って、僕はもう一度波打ち際へ歩いた。




