野宿
八月十五日土曜日曇り
結局、昨日のうちに墓地から出られず午前一時。何度も歩いた。来た道を戻ろうとしたり、案内板を探したり、スマートフォンの地図を見たりした。それでも入口には辿り着けない。墓石の白い部分だけがかろうじて見えるが、周りは真っ暗だ。雰囲気がある。
「どうしようかな……」
日があるうちならまだ出られただろうが、どうしようもない。霊園の中にいるのだから、いずれ誰かが見つけてくれるだろう。そう思って、適当な場所に座った。スマホの電池も少なくなっている。モバイルバッテリーで充電をしようと思ったが、肝心のコードが見当たらなかった。
昼間ですらあれだけ広く感じた墓地が、夜になるとさらに広くなったように思える。木の葉が擦れる音がして、どこかで虫が鳴いた。怖いとは思わなかった。所々に青白く光るライトが設置されているが、足元が少し見やすいくらい。何も知らない人が見たら人魂と勘違いしそうなくらいの発光度合いだ。
見上げた空には、星がいくつか見える。一昨日の夜に見た流星群ほどではないが綺麗だ。あの時は海の向こうまで空が広がっていた。
貴女は意外にも墓場を怖がって昼間の墓参りすら嫌がっていた記憶がある。改めて見ると怖く感じる要素があるような気がしたが、なんだか全部気のせいな気もする。「お墓はなんだか悲しくなってきちゃうからダメなんだよ。それに、冷たい匂いがする気がするから苦手」なんて言っていた。冷たい匂いが何なのかは分からないけれど、たしかに外にいるはずなのに涼しい気はする。
しばらく何も考えずにただ空を見ていた。昨日からずっと歩いていたせいか、急に眠気がきた。少しだけ目を閉じる。寝るつもりはなかった。ほんの少し休むだけのつもりだった。
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「うわあああああっ!」
突然、叫び声が聞こえた。何事かと思って目を開ける。強い光が眩しい。目の前に人影がいくつかあった。
「出た! 出たって!」
「やばい! 本当にいる!」
「走れ!」
「待って、待って! 無理無理無理!」
何人かの学生らしい人たちが、スマホの明かりをチラつかせながらものすごい勢いで走っていく。
こんな夜中に迷惑な。寝ぼけた頭で考える。そのうちの一人が振り返って、僕を見るなりさらに叫んだ。
「こっち見た!」
そして、全員が逃げていった。
「なんだったんだ……」
立ち上がって辺りを見渡す。こんな時間に何をしていたんだろう。肝試しでもしていたのだろうか。それなら、僕の方が驚かされた。墓地で寝ている人間を見つけたら、そりゃあ幽霊だと思うかもしれない。少し考えてから、途端に笑いが込み上げてきた。僕は幽霊ではない。ただ迷子になって、墓地から出られなくなって、そこで寝落ちしただけだ。それにしても、あの逃げ方は少し失礼じゃないだろうか。なんとしてでも捕まえて帰り道を案内してもらえばよかったと思ったがもう遅い。また座り込む。
まだまだ空は暗くて、明るくなる気配がない。眠気はまだ健在だったのでそのまま眠った。墓場で野宿するなんて考えたこともなかった。
「おーい!」
男の人の声だった。
「誰かいねぇのかー?って、おい!こんな所で何やってる」
いきなり叩き起された。どうやらこの男の人は管理人のようで、騒いでいた肝試しに来た学生の仲間がいないか見回りに来たらしい。
「あんたも罰当たりな肝試ししに来たやつか」
「いえ、迷子になってました」
「迷子?」
管理人らしいその人は、少し困ったような顔をした。
「いつからだ。夕方くらいか?」
「多分、それくらいです」
「多分って……」
呆れたようにため息をついて、それから僕のことをじっと見る。
「怪我はないな?」
「大丈夫です」
「ならよかったけど。ここ、夜は閉めるんだよ」
「すみません」
「迷子なら本部の方に電話してくれりゃ迎えに行ったのに。今の若い者はなんでもスマホで調べるんじゃないのか?」
管理人さんの後ろについて歩く。
「あの、肝試しに来る人って意外といるんですか?」
「いや、ここは滅多に来ねぇな。外周はちゃんと塀になってるし、入口は夜になると鍵かけるんでね。たまにバカな奴らが塀登って入って行って迷子になって喚くんだ。今日もそれを見つけて見回りに来た訳だ」
あの時の人たちには少しだけ感謝だ。
「それは大変ですね……」
今まで何度歩いても見つからなかった出口が、驚くほどあっさり見えた。門を出る。朝から湿気でムワッとしている。振り返ると、広い墓地が朝日に照らされていた。あれだけ迷ったのが嘘みたいだった。
「ありがとうございました」
「もう夜まで残るなよ」
そう言って、管理人さんは戻っていった。




