墓参り
八月十四日金曜日晴れ
昼すぎに宿を出た。昨日は日付が変わる頃まで歩いていたので、思っていたより疲れていたらしい。安い宿だったが、眠るには十分だった。荷物をまとめて受付で鍵を返し、外へ出る。昼すぎの空気はまだ少し涼しい。
あと二駅くらいで着くはずなので歩くことにした。道の脇には背の高い木が並び、蝉の声が聞こえてくる。朝から日差しが強い。昨日の夜に海辺で流星を眺めていたのが、ずいぶん昔のことのように思えた。
しばらく歩くと、霊園の入口が見えてきた。思っていたよりずっと広い。
入口には大きな案内図があった。父方の祖父母の墓がどこにあるのか、なんとなく覚えているつもりだったけれど、地図を見ると少し自信がなくなる。確か、奥の方だった気がする。
案内板を頼りに歩いていく。
同じような墓石がずっと並んでいる。通路も似たような形をしていて、少し進んでは曲がる。そのうち、どこを通ってきたのか分からなくなってきた。
それでも何となく進んでいると、見覚えのある名前があった。『西野』父方の祖父母の墓だった。周りには誰もいない。
桶に水を汲んで墓石を洗う。花を供えて、線香を立てる。しゃがんで手を合わせた。
「久しぶり」
何を話せばいいのか分からなかった。近況を話すほど頻繁に会っていたわけでもない。これからどこへ行くのかを話しても仕方がない。
ここに来た。それだけでいい気がした。しばらくして立ち上がる。そろそろ行こうと思った。来た道を戻ればいい。そう思って歩き始めた。けれど、少し進んだところで足が止まった。
どこから来たんだっけ。
辺りを見渡す。見えるのは墓、墓、道、墓、木。同じような形の墓石がいくつも並んでいて、目印になりそうなものが何もない。右に曲がったような気がする。いや、左だったかもしれない。とりあえず歩こう。しばらくすれば入口に出るだろうと思っていたが、いくら歩いても見覚えのある景色が出てこない。墓石の列を抜けても、また同じような墓石が現れる。遠くで誰かが話している声が聞こえた気がしたが、すぐに消えた。スマートフォンを取り出して地図を開く。現在地は表示されているけれど、霊園の中の細かい道までは載っていない。どうやら本当に迷ったらしい。
「……広すぎないか、ここ」
思わず口に出た。少しだけ笑ってしまった。
貴女がいたら、きっと僕より先に迷子になっていただろう。そして、迷子になったことすら楽しそうにしている気がする。
「こっちで合ってるかな……」
返事はない。当然だ。広い墓地の中で、僕は一人だった。ふと気になる名前が目に映った。『久重路』。備えられたものを見てハッとした。大切に持ってきていた栞を添えて、もう一度辺りを見渡す。どちらへ行けばいいのか分からない。それでも歩き出す。いつかは出口に着くだろう。墓石の間を抜けて、知らない道を進んでいく。蝉の声だけが、ずっとついてきていた。




