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八月十日月曜日晴れ



朝早くに目が覚めた。


昨日泊まった宿は一泊だけの安い宿だった。壁が薄くて隣の部屋の物音が聞こえたり、廊下を歩く足音が響いたりしていて、中々眠れなかった。

荷物をまとめて、部屋を出る。

受付で鍵を返して外へ出ると、朝の空気はまだ涼しい。店を開ける準備をしている人たちとたまにすれ違う程度の朝。

もうすぐお盆なので父方の祖父母の墓参りでもしようかと思い、そっちの方に向かうことにした。

駅に着いて電車を待つ。ホームには僕以外誰もいなくて、とても静かだ。行き方を調べて乗り込んだ。


長いトンネルを通って、出ると田舎の景色が流れて、その繰り返し。遠くに見えていた山が、駅をいくつか過ぎるたびに大きくなっていく。駅に止まる度に人が減っていく。結局僕のほかに数人しか乗っていなかった。

窓の外にはもう田んぼすら無くて、山と金に余裕のある人の別荘が時折見えるくらいだ。

小さな終点の駅には駅員すら見当たらず、一緒に乗っていた数人の乗客はチケットを箱の中に入れると出ていってしまった。登山家がたまに来るからなのか、食品や登山グッズが置いてある小さめのお店がひとつあった。

道路の両側には草が伸びている。昨日の台風で折れたのか、葉っぱや小さな枝がところどころに落ちていた。

蝉の声が家の近くよりうるさかった。

一匹が鳴き始めると、それに負けじと別の蝉が鳴く。気付けば辺り一面が蝉の声で埋まっていた。

しばらく歩いていると、小さな川があって、橋の上から覗き込むと透明な水が石の間を流れている。そこそこの大きさの魚も泳いでいた。

手を入れてみようかと思ったけれど、荷物が濡れたら嫌なのでやめておいた。

「こういうところ好きそうだな」

貴女ならきっと、橋の下まで降りていくだろう。何ひとつ気にすることなく気の赴くままに。

そんなことを考えながら歩いていると、山がずいぶん近くなっていた。

少しだけ活気のある村のような場所が見えてきた。登山客用の宿屋もあるようだ。車で墓参りに行った時は迂回できるルートがあったので一度も気にしたことがなかった。

麓のバスに乗らなければいけないが、今日のバスはもう無いようだった。

土と草と少し湿ったカブトムシみたいな匂い。山の匂いだ。宿屋に聞くと泊まれるらしいので泊めてもらうことにした。建物は少し古い。昨日の宿よりずっと静かで、別の居心地悪さがある。部屋に案内されて荷物を置く。

それから夕飯を食べて、風呂に入った。夜になってもちっとも眠くなくて外に出た。

昼間歩いた道とは違って、夜の山は暗い。宿の周りと家々には街灯がいくつかあるけれど、それでも暗くてあまりよく見えない。

都会よりずっと星が多い。ちょうど良さげな大木に寄りかかろうとして気がついた。白っぽいなにかが付いている。よく見ればそれは羽化途中の蝉だ。蛹から半身だけ出たままピクリとも動かない。羽化はそういうものだと思ってしばらくぼーっとしていたが、それでも足一つ動かさない。どうやら途中で死んでしまったようだった。街灯の灯りがギリギリ届かないこの場所で、不思議と白く光っているように見えるこの蝉の死骸は本物の幽霊みたいだった。

あと少しだったのかもしれない、もう少しで飛べたのかもしれない。

普通なら埋めてやるんだろうが、僕にはどうしてもこの飛びたかったであろう幽霊をまた土の中に戻してやる気にはなれなかった。貴女もきっと同じことを思うだろう。

蝉の声がする。山の中から、いくつもの声が重なって聞こえてくる。あの蝉たちは、ちゃんと羽化できたのだろう。そんなことを考えながら、僕は宿へ戻った。少しだけ蝉を鬱陶しく感じるのが申し訳なくなった。それはそうとしてうるさい。

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