第9話「紙芝居、石ころに敗北」
この国には、“笑い方”がない。
だから――笑わせるのは、簡単じゃない。
初めての紙芝居。 初めてのヒーロー。
そして初めての観客。
これは、「うまくいかなかった」話。
カイはレインを探していた。
(紙芝居が今日だってのに……どこ行ったんだ?)
少し歩くと、奥のベンチにレインがいた。
――動かず、座ったまま。
カイはそっと後ろに回り込み、ノートをのぞき込んだ。
(……えっ?)
そこには、びっしりと文字が並んでいた。
誰がどんな会話で笑ったか。
先生たちは何に反応したか。
「ややウケ」「大ウケ」でもすぐ止む、まで書き分けられている。
前にレインが言っていた言葉を、カイは思い出した。
――何が面白いのか、俺にはよくわからない。
だから、見る。書く。覚える。
(……こいつ、本気なんだ)
本気で、笑わせることを。
(なんで、そこまで執着するんだ?)
そこまでは、まだわからなかった。
娯楽を作ること。
笑わせること。
レインは、その両方をやろうとしている。
ただ遊びたいだけじゃない。
ただ笑われたいだけでもない。
この国の裏側を見ようとしてるのか。
聞くのが少し怖かった。
その視線に気づいたのか、レインが顔を上げた。
一瞬だけ、目が合う。
カイは言葉を飲み込んだ。
(……なんだよ、その目)
「ずっと後ろから見てるとは、いやらしいな」
カイ
「違げーし」
レインはノートをぱたんと閉じた。
「まあいい」
少しだけ口元が上がる。
「俺が考えた笑いの計算式、見せてやる」
カイ
「おう」
(その根拠のない自信、ほんとどっから来るんだよ)
そして二人は、森の小さな広場へ向かった。
昼の光が木々の隙間から差し込み、
石ころが転がる地面の上を、風が草を揺らしていた。
その広場の端で――
サリアが大きな紙を持って立っていた。
「えーと……」
サリアは緊張した顔で、紙をめくる練習をしていた。
その横ではカイが腕を組んでいた。
「ほんとにやるのかよ」
「大丈夫なのか?」
ミレアは森の方へ向かって叫んでいる。
「こっちこっちー!」
「面白いのやるよー!」
「面白いとか言って、勝手にハードル上げてるぞ」
カイが言った。
「やめてよ、初めてやるんだから」
サリアは少し緊張していた。
すると、遠くから子供たちが歩いてきた。
三人。
一人は木の枝を持ち、
もう一人は石を蹴りながら歩いている。
「なにそれ?」
「絵?」
ミレアは嬉しそうに言う。
「紙芝居だよ!」
子供たちは首をかしげた。
「かみ……しばい?」
ノートを開き、静かに様子を見ている。
レインは小さく書き込む。
(観察)
子供たちは地面に座った。
サリアは紙を持ち、少し深呼吸する。
「えー……」
カイがぼそっと言う。
「声小さいぞ」
サリアは軽く咳払いした。
そして――紙をめくる。
「ある日!」
「トマト怪人が町で暴れていました!」
子供たちがざわつく。
サリアは次の紙をめくる。
「しかし!」
「その時!」
「ニワトリ博士が作ったヒーロー――」
カイが小声で言った。
「ただのニワトリじゃね?」
「しかも展開無理やり過ぎだろ?」
ミレアが言った。
「カイ静かに!」
「はいはい」
サリアは続けた。
「顔はたまご!体は人!」
「その名も!」
「ツルリマン!」
サリアは声を張る。
「ツルリマンよ!」
「皆のためにトマト怪人を倒しに行け!」
ツルリマン
「コケコッコー、としか聞こえなかったが……」
「今行くぞ!」
カイ
「やっぱニワトリじゃん」
ミレア
「カイ、静かに」
トマト怪人が叫ぶ。
「リコピン攻撃!」
「これをくらえ」
住人達は、逃げていきます。
子供たちは黙って見ていた。
反応は――ない。
カイが小声で言った。
「さっきから棒読みになってる、カタコトにも聞こえるぞ」
ミレアが吹き出した。
「ぷっ」
「こら、真剣なんだぞ、笑ったらダメだろ」
ミレアは頷いた。
一人が小さく言う。
「ふーん」
「町のお知らせみたい」
もう一人は石を拾い始めた。
レインのペンが止まる。
(反応、弱い)
ノートに書く。
サリアは少し焦った。
「そ、そこへ!」
紙をめくる。
ツルリマン登場。
丸いゆでたまごの顔。
半月の目。
頭にはギザギザの殻。
白い体。
白いマント。
サリアは声を張った。
「正義の味方――」
「ツルリマン!」
少し間を置いて
「ツルンッと参上!」
紙の絵ではツルリマンが着地している。
しかし――
ツルンッ
滑っている。
子供の一人が少し笑った。
「滑ってるクスクス」
カイが小声で言う。
「ヒーローだぞ」
子供
「ヒーローってなに?」
カイ
「すごく強いんだぞ」
子供
「そーなんだ」
ツルリマンは言う。
「それは良くないぞ!」
トマト怪人
「うるさい!」
「リコピンを広めてるだけだろ、邪魔すんじゃねーよ」
サリアが紙をめくる。
ツルリマンが腕を構える。
「ツルリマンの猛攻撃!」
「これでどうだ!!」
ツルリマン
「半熟トラップっ!!」
サリア
「半熟トラップは、半熟たまごを地面に落として、相手を転ばせる技だよ!」
トマト怪人
「うわっ滑っ……ベチャッ!!」
「うわあああ服!!!」
「最悪だろこれ!!」
一拍。
「よい子もそうでない子でもマネするなよ!」
ツルリマン
「えっ?誰に言ってんだお前」
レインは思った。
(流石はサリアだ。こんなバカバカしいことを、恥じることなく言えている)
少しだけ、感心していた。
しかし――
子供たちの反応は薄かった。
一人が立ち上がると次々に立ち上がった。
「なんかつまんない、飽きた」
「僕も」
「私も」
ミレア
「……私も昆虫いないし、つまんない」
カイ
「今は静かにしとけ」
ミレア
「ぶー……」
ミレアは頬をぷくっと膨らませた。
カイはそれを見て、少しだけ笑った。
レインは二人のやり取りを横目に、子供たちを見た。
少し間があって――
「……なんでだよ」 「ちゃんと作ったのに」
もう一人が言う。
「あっちの石ころ見に行こうぜ」
カイがため息をつきながら言った。
「やっぱりな」
三人は立ち上がり、広場の奥へ歩いていった。
ころころ転がる石を見に。
「石ころころ」
「ころころ〜」
「あっ、あっちの石ころ大きい」
子供たちはしゃがみ込み、石を拾い始めた。
「これ丸い」
「こっちは少し柄ある」
サリアはミレアを呼び、わざとらしく言った。
サリア
「ミレア早くこっち来て」
ミレア
「え?」「かわった」
(コソコソと打ち合わせをした後)
サリア、ミレア
「うわぁ面白い〜」
「ツルリマン頑張れぇ〜」
紙芝居の前には――
誰もいなかった。
「石ころころ〜」
「僕の石、少し大きい」
「こっちは変な形」
石が、ころころ転がる。
「全然こっち見ねぇわ」
「完全に石の勝ちだな」
「石ころに意思あるみたいだな」
カイは呆れたように笑って言った。
「えっ待って、泣いてるわレイン」
「そっとしておいてあげましょう」
サリアが静かに言った。
「あっ新種の昆虫かも、待ってぇ」
ミレアが虫を捕まえようとして、石ころが靴にぶつかり、レインの前に石ころがころころ転がってきた。
「意志ころころ」
レインは小さく呟いて、地面に手をついた。
_| ̄|○ il||li
「……」
カイはレインを心配そうに見て、
少し黙った。
「……お前、石に負けて泣くなよ」
静かな風が吹く。
止まってしまった、少しして、レインは起き上がった。
ノートに書く。
『紙芝居』
『石ころに負ける』
しばらくして。
石ころの方から声が聞こえた。
「ねぇねぇ」
子供の一人が言う。
「続きないの?」
サリアが顔を上げる。
「え?」
子供は言った。
「さっきのやつ」
「最後どうなるの?」
レインの目が少し動いた。
サリアは紙を持ち直す。
「え、えっと……」
レインがぼそっと言った。
「アドリブ」
サリアは一瞬考えた。
「えぇっ、えーと」
そして紙をめくる。
ツルリマン。
サリアは言った。
「トマト怪人はまだ逃げていません!」
トマト怪人
「うまそうだな!」
「食べてやる!」
「いただきまーす!」
ツルリマン
「私は食べられないぞ!」
少し間。
ツルリマン
「食べたいなら――」
サリア
ベルト
ポン!
湯気の立つ、殻付きのゆでたまごが現れる。
ツルリマン
「これをくらえっ!」
「茹でたてたまご剛速球だぁっ!!」
――シュンッ!!
トマト怪人
「熱っ!痛っ!」
「どっちかにしろ!!」
「しかも殻付きかよ!!」
「覚えておけよぉ〜!!」
レインは思った。
(アドリブとは思えないクオリティだ)
(流石だな、サリア)
(……さっきより、反応がいい)
(だが――すぐ止む)
トマト怪人は逃げていった。
子供たちが笑った。
「あはは!」
「トマト怪人弱い」
カイがぼそっと言う。
「……これで笑うのか」
レインは静かにノートを書く。
『子供』
『単純』
『効果あり』
そして小さく呟いた。
「……いける」
「笑わせたい」
ぐっと拳を握り締めた。
カイは呆れたように言う。
「毎回、もの凄い自信だな」
風が木を揺らす。
小さな紙の物語。
ツルリマンは――
こうして生まれた。
そして、始まった。
見事に――石に負けました。
ただ、この回で一番大事なのはそこじゃありません。
何でウケなかったのか
どこで反応が変わったのか
レインは、それをちゃんと見ています。
最初から面白いものなんて、たぶんない。
ここからが、一歩目です。




