第10話「全員、います」
森で、初めてちゃんと笑いが生まれた。
でも――それはすぐに奪われた。
森の広場には、いつの間にか子供たちが集まっていた。
――まだ、始まっていないのに。
ミレアは子供たちと楽しそうに話していた。
子供が言った。
「紙芝居今日もやるの?」
ミレアは微笑んで言った。
「うん、やるよ」
「少し準備するからここで待ってようね」
子供たち。
「はーい」
最初は三人だけだった。
それが、今では十人以上。
石に座る子。
地面に寝転ぶ子。
木にもたれている子。
みんな、目の前の紙芝居を見ている。
サリアが胸を張った。
「それでは始まり始まりー!」
ぱしん、と一枚目の紙を抜く。
そこに描かれていたのは――
白いスーツ。
白いマント。
そして、頭には少し残った殻に、
ゆでたまごの顔。
サリアは声を張った。
「正義の味方!」
「ツルリマン!ツルッと参上!!」
子供たちがざわつく。
「なにそれ」
「顔たまごじゃん」
「変なの」
カイが腕を組んで小声で言った。
「……ほんとにこれでいいのか」
レインは言った。
「大丈夫だ、つかみはOK」
「本当かよ」
カイはため息交じりに言った。
子供たちの反応をよく見ている。
二枚目の紙が抜かれる。
そこには丸い車に乗った敵が描かれていた。
サリアが読み上げる。
「そこへ現れたのは――」
「悪の軍団!」
「マスタード将軍!!」
「マスタード!?」
「なんで調味料なの?」
子供の一人が吹き出した。
「ははっ」
三枚目。
ツルリマンが指を突きつける。
「やめろマスタード!」
「この街を辛くする気だな!」
マスタード将軍は慌てた。
「まだ何もしてないだろ!」
「呼び方雑なんだよ!」
胸を張って言う。
「我はマスタード将軍だ!強えーぞ!」
そして続けた。
「あと、せかすんじゃねぇ!」
子供が笑いながら言った。
「将軍のくせに慌ててる!」
「はははっ!」
それにつられて、他の子供たちも笑い出した。
四枚目。
マスタード将軍
「粒マスタード第三形態!!」
カイ
「第一も第二も知らねぇよ」
マスタード将軍
「からしの気持ちになれ!!」
カイ 「無理だろ」
「そもそも気持ちあんのかよ」
だが次の瞬間。
五枚目。
ツルリマン
「ジェリークリスタルシャインパワーアップ!」
ツルリマンの体が、きらきらと透明な膜に覆われていく。
マスタード将軍
「な、なんだ……!?」
「すごく光っている……でも生臭いぞこれ」
ツルリマンは胸を張った。
「今のは“高純度白身コーティング”だ」
一拍置いて、誇らしげに言い切る。
「生卵の白身だ!」
マスタード将軍
「汚いぞ! 色んな意味で!」
――一歩踏み出す。
『ツルン!!』
マスタード将軍
「うわあああ!」
「なんだこれは!?」
マスタード将軍は、一歩、二歩と後ずさる。
『ツルッ』
「うわっ」
体勢を崩しながら、なんとか距離を取った。
その瞬間だった。
「あはははは!」
「マスタード将軍弱い」
子供たちが一斉に笑い出した。
笑い声が森に広がる。
ミレアが振り向く。
「見てレイン!」
レインの目がわずかに潤む。
目の前で――子供たちが笑っている。
森に、笑い声が広がっていた。
レインは小さく呟く。
「……笑ってる」
カイが目を丸くする。
「えっ、お前泣いてんの?」
「しかもミレアまで?」
そう言いながら、カイは吹き出しそうになるのを必死にこらえた。
その後レインは静かにノートを取り出した。
『紙芝居
集団
笑い発生』
書き込む。
そのときだった。
背後から、静かな声が落ちた。
「……何をしているの?」
全員の動きが止まる。
振り向いた先に立っていたのは――
教会の神官。
セレナだった。
ポニーテールが風に揺れている。
「外が騒がしいと思って来てみたら」
「あなた達、何してるの?」
セレナはゆっくり歩いてきた。
そして紙芝居を見る。
ツルリマン。
転んでいるマスタード将軍。
沈黙。
やがてセレナは言った。
「これは……」
少し間を置く。
「教育とは思えません」
「子供たちに悪影響だわ」
「それに――」
紙芝居を指差す。
「食べ物は喋らないわ。間違っています」
カイがぼそっと言った。
「……そこ?」
それから肩をすくめる。
「まあ、そうだけどさ」
子供たちがしゅんとする。
そのとき。
一人の子供が言った。
「でも面白かった!」
「ツルリマン強い!」
「マスタード将軍も頑張ってた!」
声が広がる。
セレナはその様子を見つめた。
笑っている子供たち。
騒がしい森。
そして、紙芝居。
セレナは小さく息を吐いた。
「子供は勉学に励むこと、これが1番よ」
「ほら皆戻りましょう」
「時間は有限なのよ」
子供たちは仕方なく従った。
「えぇー」
「まだ必殺技の茹でたてたまご見てない」
「見てない」
「うん、こうやるの、ツルリマン参上!」
セレナは優しく言った。
「いけません」
「それにそんなこと覚えなくていいの」
「行くわよ」
子供たちは名残惜しそうに、森を後にしていく。
「おにーちゃん達、またね!」
残念そうに手を振る子供たち。
さっきまで賑やかだった広場は、
少しずつ静かになっていった。
ミレアは小さく呟く。
「……行っちゃったね」
サリアも腕を下ろす。
「せっかく盛り上がってたのに」
カイはため息をついた。
「まあ、神官に見つかったんじゃ仕方ないだろ」
誰も、しばらく何も言わなかった。
森には、さっきまでの笑い声の余韻だけが残っている。
レインは静かに紙芝居の箱を見た。
そのあと、ゆっくりとノートを開く。
『紙芝居
集団
笑い発生』
さっき書いた文字が目に入る。
レインは少しだけ考えた。
(……奪われた)
だが――
レインは紙芝居の箱を見つめた。
(方法は、きっとある)
森にはもう、子供たちはいない。
それでも――
ここには確かに、笑いが残っていた。
そのときだった。
少し離れた場所で、セレナが足を止めた。
懐から小さな連絡具を取り出す。
「……私です」
「子供たちは全員戻ります」
一拍。
「ええ、確認しました」
「孤児の子も含めて――全員います」
短く言い切る。
「問題ありません」
風が木の葉を揺らす。
その声だけが、静かに森に落ちた。
レインは、わずかに顔を上げる。
(……全員いるか、確認した?)
ただ、笑っていただけなのに。
(……何を、恐れている?)
――その時。
セレナの視線が、ふと動く。
「……その子は」
一拍。
「報告の対象ではないわね」
わずかな沈黙。
セレナは、静かに手を下ろした。
――違和感。
レインの視線が、ミレアに向く。
無邪気に、虫を手のひらに乗せている。
いつも通りの顔。
いつも通りの、笑い方。
(……対象じゃない?)
さっきの言葉が、引っかかる。
(“全員”って、誰のことだ?)
(……誰を数えてる?)
ざわり、と胸の奥が揺れた。
それでも確かに、ここには“笑い”があった。
だから――作る。




