第11話「対象外」
笑いは、広がっていた。
静かに、けれど確実に。
それは誰にも気づかれないはずだった。
ほんの、小さな遊びだったから。
――気づかれるまでは。
森の広場。
いつもの場所に、レインとミレアが立っていた。
――遅い。
昨日までの賑やかさはない。
まだ子供たちは来ていなかった。
ミレアは周りを見回す。
「……今日は少ないね」
レインはノートを開きながら答えた。
「まだ時間が早い」
そのときだった。
「レイン!」
声がした。
振り向くと、サリアが森の道を歩いてきていた。
少し息を切らしている。
ミレアが手を振る。
「サリア!」
サリアは二人の前で立ち止まった。
そして腕を組む。
「……先に言っとくわね」
レインを見る。
「次はないわよ?って言われたの」
ミレアが首をかしげる。
「え?」
サリアはため息をついた。
「昨日、セレナ先生に見つかったでしょ」
「子供は影響を受けやすいから、娯楽は禁止――って」
「かなり怒ってた」
レインは静かに言った。
「予想はしていた」
サリアは少しだけ困った顔をする。
「でもね」
「子供たち、楽しみにしてるのよ」
そのときだった。
森の奥から声が聞こえる。
「おーい!」
「今日も紙芝居やるー?」
子供たちだった。
一人、また一人と広場に入ってくる。
ミレアが笑った。
「ほら!」
「来た!」
レインは子供たちを見て、少し考える。
(……隠れたら、観察できない)
(どこで止められるのか)
(何が問題なのか)
(ちゃんと見ないと意味がない)
(……でも、俺の中には止める理由がない)
「……始める」
サリアは苦笑した。
「ほんと、懲りないわね」
だが紙芝居の箱を持ち上げる。
「はいはい」
「じゃあ――」
子供たちの前に立つ。
ぱしん。
一枚目の紙を抜いた。
「それでは始まり始まりー!」
「わーい!」
「何か始まるの?」
子供たちは嬉しそうに集まってきた。
そこに描かれていたのは――
白いスーツ。
白いマント。
そして、ゆでたまごの顔。
サリアが声を張る。
「正義の味方!」
「ツルリマン!ツルッと参上!!」
子供たちがざわつく。
「出た!」
「ツルリマン!」
「ツルっと参上!はははっ」
レインは静かに子供たちを観察していた。
二枚目の紙。
丸い車に乗った敵が現れる。
「悪の軍団!」
「マヨネーズ伯爵!!」
子供たちが笑う。
「マヨネーズ!」
「また調味料だ!」
三枚目。
「やめろマヨネーズ!」
「この街をベタベタにする気だな!」
「マヨネーズは万能なんだ!」
「攻撃をくらいな!」
地面にマヨネーズをまき散らす。
「これで滑って歩けまい」
四枚目。
「どうした?」
「手も足も出ないだろ?」
カイがぼそっと言う。
「意味わかんねぇ」
五枚目。
ツルリマンが腕を振り上げた。
「必殺技!」
「ツルリドリームサンダーァー!」
一拍。
「……あっどーもー」
「これ、もったいないからね」
マヨネーズを丁寧にすくう。
やたら丁寧。
ボールにたまる。
「……こんなに贅沢ですね」
野菜を出す。
マヨネーズをつける。
「いただきます」
ボリボリ。
「聞けよ!!」
「戦えよ!!」
「……(無視してもう一口)」
――ズボッ
「うわあああ!?」
ツルリマンは見もせず食べ続けた。
カイ
「食ってる間に仕込んでたのかよ!!」
ミレア
「細かいこと言わないの」
その瞬間だった。
「あはははは!」
子供たちが一斉に笑い出した。
森に笑い声が広がる。
だが――そのとき。
「……やはり、ここでしたか」
「あなた達、いい加減になさい」
全員が振り向く。
そこに立っていたのは――
セレナだった。
ポニーテールが風に揺れる。
広場の空気が一瞬で変わった。
セレナは紙芝居を見た。
ツルリマン。
転んでいるマヨネーズ伯爵。
セレナ
「マヨネーズは仲間でしょ」
「敵対は間違っているわ」
カイがぼそっと言った。
「……そこ?」
セレナ
「……ゴホン」
一拍。
「本題に戻ります」
「こんなものを子供たちに見せて」
「悪影響だと、この前言ったはずよ」
「娯楽を禁止にします」
サリア
「……もう来たの?」
「早くない?」
レイン
(……計算と合わない)
(別ルートがあるのか?)
セレナは続けた。
「サリア・ルクス」
サリアの背筋が伸びる。
「あなたは貿易商の家の跡継ぎでしょう」
「このような場所で時間を使うべきではありません」
「カイ・ヴェルド」
「その才能を、こんな遊びに使うべきではない」
森が静まり返る。
「あなた達のご両親には、すでに連絡してあります」
サリアの目が見開かれる。
「え……?」
「今後は」
「自宅で勉強なさい」
そして、ミレアを見る。
一拍。
だが——何も言わない。
風の音だけが通り過ぎる。
「今日はもう戻りなさい」
それだけ告げると、踵を返した。
レインは、ほんの少しだけ視線を落とした。
(……まただ)
(……見ているのに、何も言わない)
ミレアは、笑っている。
しゃがみ込み、アリに夢中だった。
「べべちゃんって名前にしよう」
レインはその様子を見ていた。
(……アリ、か)
(……有り、か)
(……これが)
(……間違いだと、誰が決めた?)
ついにセレナに見つかりました。
ただ、この人は悪いことをしているわけではなくて、
“正しい側”の人間です。
だからこそ、ややこしい。
それでも子供たちは楽しんでいて、
レインたちもやめるつもりはありません。
ここからも、やっていることは変わらない。
でも、少しずつ空気だけが変わっていきます。
あと今回の小さな違和感。
ミレアに何も言われなかったこと。
そして、最後の「アリ」。
まだ言葉にはならないけど、
レインは何かに気づき始めています。




