第38話『消えかけた番号』
逃げたはずだった。
もう追ってこないかもしれない。 少しくらい、 普通に眠れるかもしれない。
そう思った瞬間ほど、 世界は静かに追いついてくる。
古い家の軋む音だけが残った。
アリアが小さく息を吐く。
「……なんか」
「思ってたよりヤバい国かも」
「今さら?」 シオンが壁へ寄りかかった。
「価値がない人間は地下通れって時点で、だいぶ終わってるよ」
「目立たないように金を稼ぐしかないのか」 レインは小さく呟く。
ティアが窓の外を見る。
「どこが自由の国なのよ」
エイルがレインの服を少し掴いた。 「……帰れるのかな」
誰も、すぐには答えなかった。
「毛布と布団持ってきたよ」
アリアが口を開く。
「イリスってさ」
「こういうの慣れてる感じだけど」
一拍。
「そんなにオルディアの人、来るの?」
イリスは布団を置いてから言った。 「……来る時は来るよ」
「しばらく滞在して」
「またどこかへ行く人、多いんだ」
「長く残る人は少ないかな」
「ここ」
「通り道みたいな場所だから」
「……どこへ?」
レインが聞く。
イリスは少しだけ困ったように笑った。 「さあ」
「リベルタスへ行く人もいるし」
「別の村へ行く人もいる」
「リベルタス国民じゃないと」
「居づらいのかも」
「あとここ」
「空き家だから」
イリスは普通に返した。
「元々、途中まで住んでた人の家」
ティアが小さく周囲を見る。
「……だから」
「残れなかった人が多いんだ」
「うん」
「それと」
「人数分あったから」
「他に必要な物あるかな」
イリスは少し考えてから、 納戸を漁った。
アンティーク調の手鏡が出てきた。
鏡の裏には、石が埋め込まれている。
大きな黒い石。
その周囲に、紫とオレンジの小さな石が二つ。
それぞれ、違う色の石だった。
思わずエイルはその鏡を手に取った。
「綺麗」
「でも装飾が少し変わってるけど」
イリスは言った。
「不思議なデザインだよね」
「それ」
「昔からあったガラクタ」
「欲しいならあげるよ」
エイルは嬉しそうに言った。
「ありがとう、とても素敵」
「ね?」
エイルがレインを見る。
「あぁ」 「変わったデザインだな」
「綺麗だ」
「あとは適当に使っていいよ」
イリスはランプやタオル、 生活に必要な物を出してくれた。
「それから」
「お風呂は裏」
「薪だから」
「お湯なくなったらごめん」
「トイレは外ね」
「夜は暗いから気をつけて」
「歯磨き粉はあるけど」
「足りるかな……」
イリスが探してる間、 一瞬静まり返る。
アリアが場を和ませようと口を開いた。
「え、外!?」
「無理なんだけど!」
「アンタ」
「さっきまで脱走してたのよ」
ティアが呆れたように言う。
「今さらそこ気にするんだ」
シオンが小さく笑った。
アリアが手を叩く。
「お風呂は女子三人先でいいわね?」
「え、ちょっ──」
エイルが小さく慌てる。
ティアはため息を吐いた。
「私は最後でいい」
「ダメよ」
アリアは即座に返す。
「三人で一緒に入らないと」
「後がつかえちゃうでしょ?」
三人はお風呂へ向かった。
「ティア、細っ」
「ちゃんと食べてる?」
「余計なお世話」
「エイルは白すぎ!」
「ずっと室内いたから?」
エイルは湯気の向こうで小さく頷いた。
髪を上げる。
首の後ろ。 薄く数字が見えた。
アリアが少し眉をひそめる。
「……薄くなってる」
ティアも視線を向けた。
ノヴァリスで見た時より、 番号の黒が、少しだけ消えかけている。
エイルは首元を隠すように肩をすくめた。
「最近……前より、痛くない」
静かだった。
張っていた緊張が、
少しだけ緩み始めていた。
――その頃。 リベルタス国では。
黒服が静かに頭を下げた。
「クロード様」
「ノヴァリスの監視員から連絡が来ています」
ローヴェン村は、 “逃げた人間が一度止まる場所”として描いています。
でも、 止まれるだけで、 終着点ではない。
そして今回、 エイルの番号が少し薄くなっていました。
管理から離れているのか。 それとも別の理由なのか。
まだ誰も答えを知りません。
次回も読んで頂けると嬉しいです。




