第35話「見回りの日」
ローヴェン村は、 静かで穏やかな場所に見えました。
でも、 “見つからないように生きる”ことに慣れた場所でもあります。
そしてその静けさは、 ある音で崩れます。
外にいた村人たちが、いつも通り家へ戻っていく。
洗濯物を取り込む人。
窓を閉める人。
子供を呼ぶ声。
でも。
全員、動きが早かった。
シオンが小さく呟く。
「……慣れてる」
イリスは否定しなかった。
「こっち」
短く言う。
案内されたのは、橋の近くにある古い家だった。
石造り。
小さい窓。
木の扉。
中へ入ると、乾いた木の匂いがした。
「今日はここにいて」
イリスが言う。
アリアが眉をひそめる。
「そんな頻繁に来るの?」
「来たり来なかったり」
イリスは窓の外を見たまま答える。
「だから、みんな音に敏感なの」
エイルは抱えていたぬいぐるみを、ゆっくり下ろした。
ティアが小さく聞く。
「……誰が来るの?」
イリスは少しだけ答えるのを迷った。
「確認しに来る人たち」
「増えてないか、とか」
「問題が起きてないか、とか」
「管理されてるんだ」
「ほんと面倒だな」
シオンが呆れながら小さく笑う。
「一応ね」
イリスは苦笑した。
「“見逃されてる場所”って」
「完全に自由なわけじゃないから」
風。
窓が小さく鳴る。
その時だった。
外から低い音が聞こえる。
ガラガラ、と。
荷車の車輪みたいな音。
全員の視線が窓へ向いた。
イリスが小さく首を振る。
「見ない方がいい」
レインは息を止める。
窓の外。
黒い外套を着た数人が村を歩いていた。
兵士みたいだった。
でも違う。
国の紋章がない。
ただ。
全員、同じ色の腕章をつけていた。
灰色。
レインは小さく眉をひそめる。
「……誰だ」
「さぁ」
イリスは曖昧に返した。
「国によって変わるから」
「でも」
「大体やることは同じ」
「数える」 「確認する」
「消えてないか見る」
静かだった。
その言葉に。
エイルが少しだけ、ぬいぐるみを抱き締める。
足音。
家の前で止まった。
アリアが息を止める。
ティアの視線が扉へ向く。
コン、コン。
扉が叩かれた。
空気が張る。
イリスは何事もないみたいに扉へ向かった。
「はい」
外から男の声。
「見回りだ」 「変わりないか」
「変わりないです」
イリスは自然に返す。
「いつもと同じです」
「パン焼いてただけです」
数秒の沈黙。
レインは気づく。
村全体が、息を潜めているみたいだった。
やがて男の声が離れる。
「……そうか」
足音。
また次の家へ向かう音。
完全に聞こえなくなってから。
アリアが一気に息を吐いた。
「無理無理無理」
「怖いんだけど」
シオンが壁にもたれたまま笑う。
「声デカいぞ」
イリスは窓の外を見たまま言った。
「今日はもう来ない」
「……たぶん」
その言葉が、妙に重かった。
一拍。
ティアも小さく息を吐く。
「……あれ、毎回来るの?」
「決まりも曖昧だから」
「みんな、ずっと警戒してる」
イリスは苦笑した。
アリアが小さく眉をひそめる。
「……あの灰色の人たち」
「何なの?」
イリスは少しだけ視線を落とした。
「色んな場所を回ってる人たち」
「村とか」
「境界とか」
「途中の場所を確認してる」
ティアが聞く。
「国の人間?」
「どうだろ」
イリスは曖昧に笑った。
「国によって呼び方違うから」
風。
窓が小さく鳴る。
「でも」 「逆らわない方がいい」
シオンが壁にもたれたまま呟く。
「便利な管理だね」
イリスは否定しない。
完全に自由なわけじゃない。
エイルはぬいぐるみを抱いたまま、
まだ扉を見ていた。
ローヴェン村は、 自由な場所ではありません。
ただ、 “完全には管理しきれていない場所”です。
だからこそ、 曖昧な監視と、 曖昧な恐怖が残り続けています。
次回も読んで頂けると嬉しいです。




