第34話「見つからない村」
橋を越えた先にあったのは、 どこの国にも属しきれない村でした。
文化も、価値観も、捨てられたものも、 全部が少しずつ混ざっている場所
橋の下を流れる水の音だけが聞こえる。
風が草を揺らす。
レインたちは橋を渡った。
橋の向こうには、小さな村があった。
石と木で作られた家。煙突から上がる白い煙。干された洗濯物。畑。古びた井戸。
でも、どこか妙だった。
家の形が揃っていない。
使われている道具も違う。
オルディア式の布。ノヴァリス式の水車。見たことのないランプ。
全部が、少しずつ混ざっていた。
アリアが小さく呟く。
「……なにここ」
女性は振り返った。
今までより少しだけ柔らかい顔で笑う。
「自己紹介まだだったね」
「私はイリス」
「イリス・ヴェインって名前だよ」
「君たちは?」
薄緑の髪が、風に揺れる。
「素敵な名前ね」
「私はアリア」
「こっちはレイン、ティア、エイル。あとシオン」
「ねぇ、この村って」
「“どこの国”って感じじゃないわね。色んな文化が混ざってるように見えるんだけど」
シオンは周囲を見回した。
「確かにな」
イリスは少しだけ視線を横へ流した。
畑。井戸。遠くを歩く村人。
「途中で残った人が多いから」
「選ばれなかった人」
「帰れなかった人」
「待たされてる人」
風が吹く。
「そういう人たちが、そのまま住み着いた」
「だから色んな国の文化が混ざってる」
レインは干されている布を見る。
確かに、統一感がない。
オルディアでは見ない色。
ノヴァリスでは使われない素材。
見たことのない派手な飾り。
全部、少しずつズレていた。
「……面白い混ざり方ね」
ティアが呟く。
「……そのせいで面倒も多いけどね」
イリスは苦笑いしながら言った。
その時だった。
「イリス姉ちゃん!」
子供の声。
小さな男の子が走ってくる。
年齢は七歳くらい。
その手には、木で作られた輪投げ。
レインの視線が止まる。
“遊び道具”。
オルディアでは、隠れるようにしか存在しなかったもの。
子供は途中でレインたちに気づき、足を止めた。
「……誰?」
警戒、というより、確認するような目。
イリスは自然に答える。
「旅の人」
「リベルタスの人?」
「違うよ」
シオンが小さく口を挟む。
「もっと田舎の方」
子供はシオンを見る。
次にアリアを見る。
「……そうなんだ」
「それ何?」
子供は竹とんぼを指した。
レインは手にした竹とんぼを見せた。
「竹とんぼ」
「どうやるの?」
レインは竹とんぼを飛ばした。
子供は珍しそうに見た。
「僕もやりたい」
レインは竹とんぼを拾って、子供に渡した。
「ほら、欲しいならやるよ」
子供は嬉しそうに笑って、遊びだした。
「ありがとう」
イリスは子供を見ながら言った。
「ここはね」
静かな声。
「“ちゃんとした国”じゃないから」
その言葉に、ティアがゆっくり顔を上げる。
イリスは続けた。
「だから、余ったものが残る」
「捨てられたものも」
「必要ないって言われたものも」
風に、煙突の煙が揺れる。
「笑うのも」
「遊ぶのも」
「ここだと、誰もわざわざ取り締まらない」
静かだった。
その時だった。
村の奥から鐘の音が鳴る。
カン――。
低く、小さい音。
空気が少し変わった。
外にいた村人たちが、何事もなかったみたいに家へ戻っていく。
ティアが顔を上げる。
「……鐘?」
「見張りの合図」
イリスが短く答えた。
「橋の向こうに人を置いてるの」
「灰色の荷車が見えたら鳴らす決まり」
アリアが小さく眉をひそめる。
「そこまでしてるんだ」
イリスは苦笑した。
「この村」
「“見つからないように生きる”のに慣れてるから」
子供も止まった。
イリスの表情から笑みが消える。
「……時間だ」
「時間?」
エイルが聞く。
イリスは少し迷ってから答えた。
「見回り」
「今日は、来る日だから」
新しい登場人物紹介です。
イリス・ヴェイン(28)
ローヴェン村で静かに暮らす女性。
三国の文化が混ざる境界の村で、 通行証を持たない者達を時折匿っている。
穏やかな口調とは裏腹に、 “見てはいけないもの”を知っているような空気を纏う人物。
諦めることに慣れている。 それでも、 完全には見捨てきれない優しさが残っている。
橋の先にあったのは、 どこの国とも少し違う村でした。
揃っていない家。 混ざった文化。 そして、“遊び”が普通に存在している空気。
レインたちは、 今までとは違う“ズレ”を見始めます。
次回も読んで頂けると嬉しいです。




