第30話「異常のない異常」
規則の中に、わずかな歪みがある。
それを見つけた時点で、 これは“監視”じゃない。
――仕組みだ。
静か。
誰も動かない。
ただ、タイミングを待つ。
“通る”ための、たった一度のズレを。
――数分後。
足音。 カツ、カツ、カツ。
レインは目を閉じたまま数えていた。 「……四回」
小さく呟く。
「さっきより増えてるね」
シオンが壁に寄りかかったまま言う。
「違う」 レインは首を振る。
「ズレてる」
一拍。
「三回目と四回目の間」
「ほんの少しだけ、長い」
ティアが眉を寄せた。
「……そんなの、わかるの?」
「わかる」 即答だった。
「同じじゃないから」
静か。
エイルがレインの袖を軽く引いた。 「……どうするの?」
レインは廊下を見たまま答える。
「試す」
シオンの口元がわずかに上がる。
「いいね」 「で、何を?」
レインは床を指で叩いた。 コツ。 一度だけ。
全員の視線が集まる。
「これを“いつも通り”にする」
ティアが目を見開く。
「……え?」
「足音に混ぜる」
「同じタイミングで、音を作る」
一拍。
「“そこにあるはずの音”にする」
静寂。
シオンが小さく笑った。
「なるほど」
「存在を追加するんじゃなくて、“最初からあったことにする”わけだ」
レインは頷く。
「ズレを作らない」
エイルがぎゅっとぬいぐるみを抱きしめた。「……でも、失敗したら」
レインは少しだけ目を細める。
「バレる」
あっさりと言った。
空気が冷える。
ティアが小さく息を吐いた。
「やっぱり心臓に悪い……」
その時。
――カツ、カツ、カツ。
来る。
レインが指を上げる。 「……今」
五回目。
カツ。
ほんのわずか。 ほとんど聞こえない程度の音。
全員が息を止める。
――カツ。
通過。
静寂。
誰も動かない。
数秒後。
シオンが、ゆっくりと息を吐いた。 「……通ったね」
ティアがその場にしゃがみ込む。
「クシュン」
「ごめん、我慢できなかった」
警報が鳴った。
足音。
今までと違う速さで近づいてくる。
「終わった」
「見つかる」
シオンが小さく呟く。
アリアが動いた。
「こっち」
「早く」
少し離れた古びた小屋を指す。
一拍。
「少し距離あるけど、静かに行けば大丈夫よ」
古びた扉を指す。
「開いてる」
迷いなく押す。
扉は軽かった。
――軽すぎた。
回転式。
一歩踏み出すと、足元が消える。
下へ、階段。
湿った空気。
でも、匂いがない。
進む。
かなり進んだはずなのに、距離の感覚が合わない。
やがて、古びた扉。
――閉まる。
振り返る。
さっきの入口が、ない。
一瞬の沈黙。
奥で、何かが光った気がした。
確かに存在している。
レインは前を見る。
「……行くぞ」
短く。
それだけ。
――引き返す選択は、もうない。
次回も読んで頂けると嬉しいです。




