第29話「変化しないという条件
“今日やるのか”
その問いに、 言葉は必要なかった。
レインが立ち上がる。
それだけで、十分だった。
静かに。 扉が、開く。
――始まる。
アリアが小声で言う。
「やっぱり」
「ヴァン、来ないわね」
空気が少しだけ止まる。
昼の会話を思い出す。
ヴァンは言った。
「……俺は行かない」
「あいつらを置いていけない」
「今動けば、全員まとめて潰される」 「力でどうにかなる場所じゃねぇ」
空気が止まる。
アリアが目を瞬かせた。
「え?」
静か。
「あいつらが行きたいって言えば」
一拍。
「後から必ず行く」
レインの視線が動く。
ヴァンは腕を組んで言った。
「地下でも出口でも何でもいい」
「こっちで何かあれば、俺が動く」
「その時までは、お前らで調べろ」
シオンが少し笑う。
「……なるほど」
「役割分担ってわけだ」
「じゃあ、まずは様子見からだな」
レインは視線を戻す。
「……わかった、待ってる」
――そこで会話は終わった。
レインは、
エイルの手を引いて、廊下へ向かった。
「手が震えてる、大丈夫か」
エイルは2つの大きいぬいぐみと小さいぬいぐるみを抱えて頷いた。
夜。
消灯後。 白い廊下は静かだった。
レインは扉の隙間から外を見る。
一定間隔の足音。 同じ速度。 同じ間隔。
「……三回」
小さく呟く。
シオンが壁へ寄りかかる。
「規則的な動きだね」
「監視っていうより、確認だ」
レインは低く言った。
異常がない前提。 崩れることを想定していない巡回。
その時。
――カツ。
足音。
全員が止まる。
通過。
静寂。
ティアが息を吐いた。
「心臓に悪い……」
握っていた聖水の瓶が傾く。
「あっ」
慌てて持ち直した。
ほんのわずかな音。
それでも、誰も動かなかった。
――バレない。
レインは目を細めた。
「……確認だけだ」
小さく言う。
「“異常があるかどうか”しか見てない」
シオンが視線だけ動かす。
「つまり?」
「変化がなければ、通る」
短く。
ティアがゆっくりと瓶を握り直した。
「じゃあ……逆に言えば」
「“いつも通り”に見せればいいってこと?」
レインは頷いた。
「ズレなければいい」
一拍。
「……ズレさせなければ、抜けられる」
静かに言い切る。
エイルがぬいぐるみを抱きしめたまま、小さく息を飲んだ。
「……やるの?」
レインは廊下を見たまま答える。
「まだだ」
足音が遠ざかる。
「タイミングを測る」
「回数と間隔、全部見る」
シオンが薄く笑った。
「いいね、らしくなってきた」
ティアがぼそっと呟く。
「……また心臓に悪いの増えた……」
誰も笑わない。
でも、さっきとは違った。
静寂の中に、ほんのわずかに“進む気配”があった。
「ほんとにやるのね……」
誰も否定しない。
エイルが、 ぬいぐるみをぎゅっと抱きしめる。
静寂。
その中に、
“通れるかもしれない”
という確信が、 ほんのわずかに混じり始めていた。
一拍。
レインが小さく呟く。
「……次で試す」
その言葉で。
観察は終わり、 実行へ変わる。
――崩す準備は、整い始めていた。
次回も読んで頂けると嬉しいです。




