第18話「欠員」
昨日までいた人間が、 今日には“いなかったこと”になる。
朝。 ベルの音で目が覚める。
短い音。 冷たい。 余韻が残らない。
レインは目を開けた。
白い天井。 隣。
エイルがぬいぐるみを抱えたまま、小さく丸まっている。
「……朝」 小さな声。
レインは身体を起こす。 頭の奥に、昨日の廊下が残っていた。
監視。 反応。 処分対象。
(……管理か)
扉が叩かれる。
「整列」 監視員の声だった。
廊下へ出る。 列。 無言。
誰も話さない。
レインは視線を動かす。 顔。 制服。 番号。
その時。 動きが止まった。
(……あれ)
一人。 いない。
昨日、 壁際に座っていた孤児。
細い。 茶色の髪。 目の下に隈があった。
(……いたよな)
レインはもう一度見る。 やはり、いない。
監視員が紙を開く。
「点呼を行う」
淡々とした声。 番号が呼ばれていく。
返事。 返事。 返事。
一拍。
「1303100」
沈黙。
レインの視線が上がる。
監視員は表情を変えない。
「1303100」
もう一度。
返事はない。
静かだった。
周囲も動かない。 誰も顔を上げない。
監視員は紙へ視線を落とす。
「欠員を確認」 それだけだった。
ページがめくられる。
点呼は続いた。
レインの眉がわずかに動く。 (終わりか?)
昨日までいた人間。 それだけで終わる。
列が動き出す。
レインは歩きながら、小さく聞いた。 「……あいつ、どこ行った」
隣。 エイルの肩がわずかに揺れる。
「……わかんない」
声が小さい。
「でも」
間。
「前にもいた」
レインの目が細くなる。
「急にいなくなる人」
足音だけが響く。
「処分?」
エイルは少しだけ迷う。 それから、小さく首を振った。
「……知らない」
「教えてもらえないから」
前。 監視員の背中。
一定の速度。 迷いがない。
レインは視線を落とす。
(消える)
(静かに)
その時。
後ろから声。
「もう消えるとか、やめてよ」
静かな声だった。
列が止まる。
ティア。
睨んでいた。 監視員を。
「これを見て何も思わないフリするのもう無理」
空気が張る。
監視員は振り返る。 無表情。
「管理対象外となった。以上だ」
即答。
ティアの目が険しくなる。
「物みたいに言わないで」
「質問は許可されていない」
「どうしてこんなことできるの」
一歩、前へ出る。
周囲が息を止めた。
監視員の視線が冷える。
「規律違反を確認」
ティアは動かない。 聖水が入った瓶を握る。
その時。
「落ち着こう」
アリアだった。
壁に寄りかかったまま、 面倒そうに目を細めている。
「言っても変わらないよ」
ティアは唇を噛んだ。
「アリアは何も思わないの?」
「思わないことはない」 アリアは淡々と言う。
「今消えるのは、ティアになるだけだよ」
沈黙。
ティアは悔しそうに俯く。
監視員は数秒、 全員を見回した。
「移動を再開しろ」
列が動き出す。
重い空気。 誰も話さない。
レインは前を見る。
白い廊下。 均一な灯り。 揃いすぎた足音。
静かに、目を細めた。
(ここは)
一拍。
(壊れた人間を)
(静かに消す場所だ)
この場所で怖いのは、 “消えること”そのものじゃなく、 誰もそれを口にしなくなることかもしれません。
ティアは耐えきれずに声を上げ、 アリアは“生き残る側”の現実を見ています。
次回も読んで頂けると嬉しいです。




