第3話 「美少年カイ」
森の中で、ひとつの出会いがあった。
絵を描く少年と、笑いを探す少年。
そして――跳ねる小さな生き物。
それは、ただの出来事のはずだった。
「いないかなー」
森の中。
ミレアはまた虫を探して、草むらを覗き込んでいた。
……そんなに夢中になるものなのか。
葉っぱをめくり、石をどけ、真剣な顔で地面を観察している。
少し離れた場所で、レインはノートを書いていた。
『遊び
石投げ
単純』
ペンを止める。
(人はなぜ笑うのか)
まだ分からない。そのときだった。
「……」
レインは何かに気づいた。木の下に、誰かが座っている。
銀色の髪の少年だった。
地面に紙を広げ、一心不乱に鉛筆を動かしている。
レインは近づき、その紙を覗き込んだ。
そこには――さっきのカエルが描かれていた。
驚くほど正確な描写だった。
レインは思わず声を漏らす。
「うまいな」
少年が顔を上げた。レインは絵を見つめたまま続ける。
「でもそれは……娯楽じゃないのか?」
「違う。絵は技術だ」
少年は少し警戒した顔で言った。
「っていうか、誰あんた?」
レインは不思議そうに問いかけた。
「……楽しいから描くんじゃないのか?」
少年は少し苛立ちながら答えた。
「一方的なやつだな。楽しい? そんな理由で描く奴がいるのか? 何言ってんだお前」
そこへ、ミレアが振り向いた。
「あ、カイ!」
嬉しそうに駆け寄ってくる。
「昨日友達になったレインだよ。こっちはカイ。小さい頃からの幼なじみなんだ。ねっ、カイ?」
カイは溜息をついた。
「で?」
ミレアは気にせずニコニコしている。
「カイも友達だよ!」
「あー、はいはい、友達ね」
カイはレインをじっと見た。
「あんた、クラス一緒じゃなかったな」
レインは腕を組む。
「お前もか」
少しムッとした顔で付け加えた。
「俺は、そんなに若く見えるのか」
ミレアが横から説明する。
「カイ、レインは一つ年上なんだよ」
「へぇー」
カイは冷ややかな顔で言った。
「もっと下かと思った」
レインは少し考える。
「お前、年上への口の利き方を知らぬようだな」
さらに数秒置いて、
「無礼なやつだ」
カイは呆れた顔をした。
「はぁ……なんか言葉遣い独特なんだよな、あんた」
文句を言いながらも、その口角は少しだけ上がっている。
そのとき、ミレアが弾んだ声で戻ってきた。
「ねえ見て!」
差し出された手のひら。そこには小さな緑色のバッタがいた。
「かっこいいでしょ」
カイの顔が一瞬で強張る。
「……それ」
その瞬間、バッタが跳ねた。
ぴょん。
「うわっ!」
また跳ねる。
ぴょん。
「来るな!!」
カイは勢いよく立ち上がり、後ろへ飛び退いた。
レインは瞬きをする。
(ビビりだ)
しかも、顔はかなり整っている。いわゆる美少年というやつだ。
レインはぼそっと呟いた。
「……情報量が多いな」
ミレアはケラケラと笑っている。
「跳ねた!」
バッタは容赦なく跳ねる。
「近づけるなああ!!」
レインは静かにその様子を観察し、ポケットからノートを取り出した。
『バッタ
跳躍
人間、驚く』
カイは必死に距離を取っている。
「それを遠くにやれ! あんたも書いてないでどうにかしろ!」
レインはさらさらとペンを走らせる。
ミレアは首をかしげた。
「かわいいのに」
レインはカイを見た。
「絵はうまい」
カイは肩で息をしながら言い返した。
「当然だ。俺は描きたいものを描く」
少しの間。レインは深く頷いた。
「使える」
「は?」
ミレアが笑いながら補足する。
「レイン、研究してるんだよ」
カイは眉をひそめた。
「研究?」
レインはノートを閉じた。
「笑いの研究だ」
カイの顔が真剣になった。
「笑い? 意味が分からないな」
ミレアがバッタを草むらに逃がすと、バッタはぴょんと跳ねて消えていった。
レインはその軌跡を目で追う。
(跳ねる。人は驚く)
レインは小さく呟く。
「……まだ、分からない」
森の中で、風が葉を揺らした。
――これが、カイとの出会いだった。
カイ登場回です。
才能はあるのに、虫はダメ。
でも、その“苦手”こそが、レインにとっては観察対象になります。
「驚き」と「反応」
それが笑いに繋がるのか――
レインはまだ掴みきれていません。
次回、少しずつ“形”が見え始めます。




