表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/82

第2話「森の少女ミレア」

この国には、笑いがない、

でも――楽しいと感じる瞬間は、確かにある。

それが「笑い」と同じものなのか、違うものなのか。

まだ誰も知らない。

レインは、ただ観察している。

森の中で、ミレアはしゃがみ込んでいた。

葉っぱの上を、小さな虫が歩いている。



「かわいい」

ミレアはそう言って、指をそっと近づけた。

虫に、そんな感情を向けるものなのか。

虫は慌てて葉の裏に隠れる。



「逃げた」

ミレアはくすっと笑った。

レインは言った。

「お前、虫を見ていて楽しいんだな」



ミレアは嬉しそうに答えた。

「うん!」

レインも虫を見ながら言う。

「それは……娯楽ゴラクなんじゃないのか」



ミレアは虫を観察しながら首をかしげた。

「ゴラクはわかんないけど、好きだよ」



レインは少し考えるように黙り込んだ。

ミレアはふと顔を上げる。

「そういえば、クラス違うよね? 別の学年の子?」



「違う」

レインは少しムッとした顔で言った。

「俺は今年、十六歳になる」



「えっ?」

ミレアは意外そうにレインを見る。

「一つ上だったんだ。私、同じ年だと思ってた」



レインは胸を張る。

「俺はいつも若く見られてしまうからな」

なぜか偉そうだった。



そしてポケットからノートを取り出す。ぱらりと開き、ペンを走らせる。

『虫

 逃げる

 隠れる

 反応早い』

字は相変わらずひどいものだった。



ミレアが横から覗き込む。

「それ、自分で読めるの?」

「読める」

レインは真顔で答えた。 

「俺にしか読めない」



「へぇ」

ミレアは感心したように頷いた。

それから草むらを指差す。



「ねぇレイン、今度はあっち」

レインが顔を上げると、草の陰に小さなカエルがいた。



葉っぱとよく似た色をしている。

ミレアは嬉しそうに近づいた。

「この子、ここに住んでるんだよ」



「知っているのか」



「うん、昨日も見たもん」

ミレアは地面に手をつき、カエルをじっと見つめる。

レインはその様子を観察していた。

(この子は……観察がうまい)



ミレアは、触らない。

ただ、じっと待っている。近づいても驚かせず、カエルの動きを待っている。



レインはノートに書き加えた。

『ミレア

 観察◎』



ミレアは気づかず、夢中でカエルを見ている。

「ねぇレイン」

「ん」

「学校行かないの?」

レインは少し考えた。

「行ってる。……今日は休みだ」



「そうなんだ」

ミレアは頷く。

「学校って、つまんないよね」



レインは顔を上げた。

「つまらないのか?」

 


「うん」

ミレアはそのまま地面に座り込んだ。

「みんな同じことしかしないもん」



レインは黙って先を促す。

「何をしているんだ、学校で」

ミレアは少し考えてから答えた。

「うーん……おしゃべりとか」



「何を話す」

「昨日、何を食べたとか」

「……」




ミレアは続ける。

「あとね、外で石を投げたりするよ」



「石?」

ミレアは立ち上がり、小石を拾った。

「こうやって。ポーンって」



石を遠くへ投げる。

「遠くまで飛んだ人が勝ち」



レインはその軌道を目で追った。

「それで?」

「うん」

「……それで終わりか?」



「そう。それだけ」

ミレアは笑って、

またしゃがみ込み、今度は別の虫を見つけていた。

「この子は速いよ!」



虫が葉の上を走り、ミレアの指から逃げる。

ミレアは笑う。

「ほら、見て!」



レインはその動きを凝視していた。

虫、カエル、葉っぱ。

自然にはすべて理由がある。動きにも意味がある。



でも――人間の笑いは違う。

レインは小さく呟いた。

「……分からない」



ミレアが顔を上げる。

「何が?」



レインは少し考えてから言った。

「『昨日の夜は暗かったな』」



ミレアは首をかしげる。

「?」



「みんな、こう言うとクスクス笑うんだ」

レインは真顔のまま、教室で見た「不自然な笑い」を真似してみせた。



「それ、面白いの?」

ミレアは不思議そうに聞いた。



「みんなこうやって笑うだろう?」

ミレアは少し考えた。

「知ってる。でも、面白いと思ったことは一度もないかな。理由は分からないけど」



ミレアはしばらく黙って、またカエルを見た。

「でも、生き物見てるとさ……なんか、楽しくなるんだよね」



「楽しいから、笑うんじゃない?」 

レインは言葉を失った。

(楽しいから?)



ミレアは笑う。

「レインって変だね」



「ミレアもな」



「でも、面白いよ」



レインは顔を上げる。

「面白い?」



ミレアは大きく頷いた。

「うん!」



その瞬間。

レインの口元が、わずかに動いた。

――笑ったのか?



自分でも、分からなかった。

「……なんだ、これ」



草むらの奥で、ミレアが笑っている。

レインは、それを見ていた。

ミレアは、自然に笑っていた。

理由があるから楽しい。

楽しいから、笑う。

それは、とても当たり前のことだった。

――なのに。

レインには、それが分からない。

同じ「笑い」のはずなのに、

どこか噛み合わない。

小さな違和感だけが、残った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
少しずつ、三カ国の全貌が見え始める。 『笑い』『選別』『価値』が交差する異世界ファンタジー。 (※執筆・画像すべてスマホ1台で制作しています)
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ