第26話「同じ扱い」
教室で起きた、ほんの小さな出来事。
それは、誰も逆らえない“ルール”の形でした。
セレナが教室に入ってきた。
教室の隅で、小さな音がした。
教室の扉が、音を立てて開いた。
全員の視線が、一斉に向く。
小さなぬいぐるみが、床に転がる。
慌てて拾い上げたのは、幼い孤児の子だった。
胸にぎゅっと抱きしめる。
セレナの視線が、そちらに向く。
一歩。
静かに歩み寄る。
「……それは、持ち込みを許可していません」
小さな肩が、びくりと震える。
「……やだ」
「一緒に寝てる子なの」
「それ……サリアお姉ちゃんが作ってくれたの」
「……一人でも寂しくないようにって」
かすれた声。
抱きしめる力が、強くなる。
「だめです」
セレナの手が、すっと伸びる。
「返しなさい」
逆らえない声だった。
小さな手が、ぎゅっとぬいぐるみを抱きしめる。
セレナの指先が、わずかに止まる。
(……まずい)
(上級神官に見つかったら――)
ほんの一瞬だけ、視線が扉の方へ流れた。
(誰も、声を出さない)
ゆっくりと。
ぬいぐるみが、その腕から離れていく。
「……あ」
空いた腕が、宙に残る。
セレナはそれを受け取り、机の上に置いた。
一切、迷いなく。
(……同じだ)
一拍。
(大事なものを)
(取り上げるんじゃない)
(手放させてる)
レインの胸の奥で、何かが静かに沈んだ。
「幼い孤児も、親のいる子も――何も言えなかった。」
ただ、唇を噛んで。
震えていた。
目に涙だけが、じわりと溜まっていく。
――ぽたり。
机の上に、落ちた。
――ころん。
――とん。
誰も、声を上げないまま。
教室のあちこちで、小さな音が続く。
気づけば。
いくつものぬいぐるみが、机の上に置かれていた。
セレナの手によって。
「……持ち込みは禁止です」
同じ言葉を、感情のない声で繰り返す。
一人。
また一人。
小さな手から、ぬいぐるみが離れていく。
「あっ」
「……やだ」
「かえして……」
「これ、ないと……」
声は、どれも小さい。
――泣き出す子。
――名前を呼ぶ子。
――顔をくしゃくしゃに歪める子。
反応は、ばらばらだった。
それでも。
どの声も。
逆らえないことを、知っていた。
セレナは、止まらなかった。
ただ、淡々と。
集めていく。
――そのとき。
「……失礼します」
低く、よく通る声。
教室の空気が、ぴたりと止まった。
扉の前に立っていたのは――
カザンだった。
視線は、まっすぐ机の上へ向く。
並べられた、ぬいぐるみ。
しばらく、それを見て。
「……あら」
わずかに、首をかしげる。
一歩、近づく。
そして。
一つを、持ち上げた。
軽い。
ただ、それだけを確かめるみたいに。
「へぇー」
「こんなもので」
指先で、少し揺らす。
「落ち着くのね」
誰に向けたわけでもない声。
ただの“事実確認”。
「なら」
ぬいぐるみを、机に戻す。
コトン。
「取り上げる必要はないわ」
一拍。
「管理が楽になるものは、排除しないこと」
ニヤリと笑う。
その言葉に、空気が変わる。
セレナは、何も言わない。
ただ、ほんのわずかに視線を落とす。
カザンは続ける。
「五歳から十二歳まで」
淡々と。
「この子たちは、“習慣”で動く」
ぬいぐるみを指先で軽く叩く。
「これがあれば静かにする」
一拍。
子供たちを見渡しながら言った。
「単純で、いい子たちよ」
「扱いやすいわ」
教室の誰も、動かない。
カザンの視線が、ゆっくりと全員をなぞる。
「孤児も、親のいる子も」
「扱いは同じです」
その言葉は。
平等ではなく。
“同一処理”だった。
「十三になれば、試験が始まる」
「それまでに」
セレナを見る。
「自分から従うようにしておきなさい」
一拍。
「喜んで、行くように」
静かに言い切る。
セレナは、頭を下げる。
「……承知しています」
迷いのない声。
さっきの揺れは、もうない。
完全に消えている。
カザンは満足げに頷く。
そして、ふと。
レインを見る。
ほんの一瞬。
「――考えさせすぎないこと」
それだけ言って。
背を向けた。
カツ、カツ、と足音が遠ざかる。
扉が閉まる。
――静寂。
子供たちは静かに、没収されたぬいぐるみを取りに来た。
女の子
「ポンちゃん、よかった」
嬉しそうに胸へ引き寄せる。
男の子
「僕のトンちゃん」
「無事でよかった」
子供たちは、宝物のようにぬいぐるみを扱った。
胸に抱きしめる。
頬を寄せる。
そっと、名前を呼ぶ。
セレナは、それを見ていた。
――ほんのわずかに。
視線が、揺れる。
レインは、考えた。
(……娯楽は)
(ダメなんじゃない)
一拍。
(……使われてるんだ)
ぬいぐるみは、ただの玩具じゃありません。
この国では、「静かにさせるための道具」でもあります。
奪うのではなく、“自分から手放させる”。
それが、この場所のやり方です。
レインは、この違和感に気づき始めます。
次回も読んで頂けると嬉しいです。




