4 選択と集中? ~レディは騒音が嫌いなの~
むかし、むかし、ある森の中で、シャルマントと言う女の子が耳をおさえてうずくまっていました。
「きゃぁぁ~~~、やめて~~~!」
シャルマントは涙を流しながら強く耳を押さえて叫び続けています。
「誰? 誰なの? なんなの?」
ね~カノジョ~~、こんど一緒に遊ぼうよ~~。 コレ、美味いな~。
ク 喰われる~~! 助けて~。 疲れたな~ 一休みしようぜ。
エッサ ホイサ、エッサ ホイサ。 今夜はどこで寝ようかな~。
お~久しぶり、お前どこに行ってたんだ~。 お~、東の森さ。
キャー、クモの巣にひっかっかちゃった~。 これ以上は口に入らねぇな。
そうです、シャルマントには無数の声が聞こえていたのです。そんな混乱する頭のなかで、
(逃げなきゃ、この魔女から逃げなきゃ。)
そう必死に思っていました。
そして、魔女を睨みつけた後、元来た道に向かって突然、走り出しました。
(追って来ないで・・・、追って来ないで・・・、逃げなきゃ!)
シャルマントは心の中で叫びながら走っています。後ろから聞こえる魔女の声。
「これっ、カゴを落としておるぞ。 おやおやっ? 酒があるではないか・・・ヒャッヒャッヒャッ」
その声はだんだんと遠くへと離れて行きました。
シャルマントは必死に走りました。それでも、頭の中にはず~っと多くの声が響いています。
涙を流しながら走っていると、そのぼやけた視界に例の怖そうな魔女の姿が見えました。
(ああ~~~もうだめだ。私はここで食べられちゃうんだ。)
絶望を感じ、立ち止まったシャルマントは怖そうな魔女を見つめながら、さらに大きな涙を流し続けています。
ボヤけた視界に、怖そうな魔女がシャルマントに向かって杖の先を向け、何かを言っている様に口を動かしているのが見えました。
その時です、今まで頭に響いていた多くの声がピタリと聞こえなくなりました。
呆然と立ちすくんでいるシャルマントの所に怖そうな魔女が近づいて来ます。でも、もうシャルマントには逃げる元気もありません。
怖そうな魔女は立ちすくんでいるシャルマントの近くに来ると、
「これこれ、この先には悪い魔女がいるかも知れんと言おうとしたのに、お前さんが走っていってしまったから。」
顔は恐そうでも、シャルマントにはとても優しい魔女に見えだします。魔女はシャルマントのカチューシャに触れながら言いました。
「ああ、ヴァルプルギスの出店で売っておったやつか。これはな、『聞き耳カチューシャ』というヤツじゃ。」
シャルマントが聞き返します。
「聞き耳カチューシャ?」
「そうじゃ、魔女仲間のイタズラアイテムじゃよ。」
シャルマントが恐る恐る頭に付けられたカチューシャに手を当てると、例のゴミのような小さな耳がしっかりと倒れていて、まるで耳を塞いでいるかのようでした。
「あれっ? 耳が倒れている。」
シャルマントはびっくりして、頭の上の見えないカチューシャのあちらこちらを触っています。そして、それを取ろうしました。
「えっ? 取れない、取れないよ、おばあさん。」
そうです。カチューシャはシャルマントの頭に張り付いていて、取れなくなっていました。
シャルマントの目には再び涙があふれて来ました。
「このカチューシャは一旦付けると、なかなか取れなくなってしまうんじゃ。だから、魔女のイタズラなんじゃ。」
「えええ~~~ん。」
ついにシャルマントは声をあげて泣き出してしまいました。
どれくらいの時間泣いていたのでしょうか。その間も怖そうな魔女はそっとシャルマントのそばに立ち、その背中を優しくさすってくれていました。やがて、少し落ち着いたシャルマントが怖そうな魔女に聞きます。
「いっぱい聞こえていたのは何?」
「あれはこの森の中のいきもの達の声じゃ。聞き耳カチューシャは全てのいきものの声が聞こえるんじゃ。」
そこで、シャルマントは倒れているうっすらと毛の生えたの耳を触りながら聞きます。
「魔女のおばあさま、どうして今は何も聞こえないの?」
「私の魔法でカチューシャの耳を強く倒しているからね。」
「じゃあ、もう平気なの?」
「いいや、この魔法はわしから離れると消えてしまうのじゃ。」
「えっ? このままずっと隣にいないといけないの? 一生? 怖い魔女様の隣にいないといけないの?」
「誰が怖い魔女じゃ。こんなに優しくて良い魔女がどこにおるか。それに、わしの方こそイヤじゃ。迷惑じゃ。わしも自分の家に帰ってゆっくりしたいからな。ところで、どんな魔女だったのじゃ。」
シャルマントは少し上目づかいで森の奥で出会った魔女を思い浮かべながら言います。
「私が会ったのは~~、オリビアさまと違って~ 優しい笑顔で~~」
その言葉に、怖そうな魔女のオリビアは間髪を入れずに元々の怖い顔を更に不機嫌そうにして返します。
「余計なお世話じゃ。」
そんな事は気にもしていないかのようにシャルマントが続けます。
「オリビアさまと違って~~、ふっくらとしていて~~」
「わしはスリムなんじゃ。」
「オリビアさまと違って~~、優しい声で~~~」
「声はしょうが無いじゃろ、声は。」
「オリビアさまと違って~~、綺麗なお洋服を着ていて~~」
「どうせわしゃ、貧乏くさいわっ。」
「あ、そうだ、紫色のリボンをしていたわ。」
「ふ~~ん、アイツか。」
「え? オリビアさま、知っているの?」
「ああ、『グロルのむらさき魔女』、『ヒェルン・マーダリー』じゃな。魔女仲間でも嫌われ者じゃ。やっぱりアイツの気配じゃったか。嫌な感じがしてお前さんに注意しようと思ってたんじゃが、お前さんが逃げてしもうたからな。」
「そりゃ逃げるわよ。誰だって。森の中でいきなりオリビアさまに出くわしたら。」
シャルマントは森に入って木の影から出てきたオリビアを思い出して、少しの身震いをしました。
しばらくして、シャルマントは少し前の、あの、頭の中にどとうの如くなだれ込んで来た色々な声を思い出して、再び涙ぐみます。
「じゃあ、また、あの、いっぱいの声が・・・グスン。」
怖そうな魔女はシャルマントの肩を抱きながらこう言いました。
「手がない訳ではないぞ。訓練が必要じゃがな。」
その言葉に希望を持ったのか、シャルマントが怖そうな魔女に羨望の眼差しを送ります。
「何でもします。わたし、頑張ります。どうすればいいのか教えて。」
怖そうな魔女は目を閉じ、しばらく考えてから、ゆっくりと答えました。
「それはな、・・・『選択と集中』。」
「センタク? シュウチュウ?」
怖そうな魔女は目を閉じたまま、ゆっくりとうなずきながら静かに話しを続けます。
「そうじゃ、ビジネス書にもよく書いて有ろうが。・・・んん・・まあ子供には解らないか、そうじゃな、先ずは心を静め、気持ちを一つにし、聞き耳カチューシャからの雑音を許さぬ精神を鍛え、その多くの声の中から聞きたい声だけを選べるように、鍛錬に鍛錬を重ねるのじゃ。」
「きたえ上げるのじゃ? ・・・・って、どうやって?」
怖そうな魔女は遠くの空へと視線を移します。それはまるで時空を超え遠くの未来を見ているかの様な表情で、少しだけ顔を上げ、瞼を少し下ろすと、それはまるでお釈迦様が瞑想するようなうっすらとした目付きになり、そしてゆっくりと話しはじめました。シャルマントは固唾をのんで見つめています。怖そうな魔女はゆっくりと、でもそこに力強よさを感じる少し低くて落ち着いた声で言います。
「石の上に座り・・、自然を感じながら頭の中をからっぽにし・・・、
滝に打たれ続けることで、へこたれない心と強靭な身体へと変えていき・・・、
時に、開いた指の間にペンを素早く差すことで、
刃を向けられても恐れない精神にするんじゃな。」
と言うと、片目を開けてシャルマントを見ながら軽く言った。
「そうじゃな、石の上には三年も座っておればいいじゃろう。」
シャルマントは再び目を潤ませながら怖そうな魔女に言いました。
「・・無理です、魔女様・・。 わたし、死んじゃいます・・。」
その様子を見た怖そうな魔女は、
「ひゃっ ひゃっ ひゃっ。 冗談じゃよ、冗~~談。」
と、まるでシャルマントが困っているのを楽しんでいるかの様に笑いました。
シャルマントが怖そうな魔女を睨みつけて言います。
「あなたって、やっぱり本当に悪い魔女だったんですね。ヒドイっ。」
再び魔女は笑います。
「ふぁっ ふぁっ ふぁっ。」
シャルマントは思いました。
(きっと魔女っていう人達は、悪いヤツらしかいないんだ。)
そして、怖そうな魔女はその眼つきをイタズラが成功して嬉しそうに変えて言います。
「いやいや、どうにも済まなんだ。お前さんのころころ変わる表情が面白くてな。」
「やっぱり悪い魔女だったんですね。」
「スマン スマン。冗談じゃよ。もっと簡単な方法を教えよう。」
怖そうな魔女はシャルマントを近くの草むらに座らせて、ゆっくりと動作と共に話し始めました。
「集中ってのは確かなんじゃよ。要は、沢山の者の声を聞かなければよいのじゃ。それには、ひとつの声に絞ればいいのじゃよ。例えば・・・」
そう言って辺りを見渡し、木の上を指差して言います。
「ほれ、あそこにリスがおるじゃろ。そのリスの声だけを聞くようにすれば良いのじゃ。そうすれば他の多くの声は聞こえなくなる。それが『集中』するという事じゃよ。」
「う~~ん、よく分からないです。」
「ん~~、そうじゃな~、好きな男子がおるじゃろ。」
「えっ? いませんけど。」
シャルマントは即座に答えました。その表情はまるで死んだ魚のように視点も焦点も定まらず、ただ丸く見開いた様な目です。その時シャルマントは身近に居る男の子たちを思い浮かべていました。いつもちょっかいを出しイジメてくる赤髪のデアーグやその取り巻きの男の子、おちゃらけでいつも落ち着きのないクルト達で、日頃から、
(はぁ、もっと素敵な男子は居ないのかしら。)
と思っていました。
シャルマントが即座に否定したのでオリビアは、
「お お、 そうか。・・なら、仲の良い友達ならおるじゃろ。」
少したどたどしく言うと、シャルマントは今度は顔全体を明るい表情に変えて答えます。
「はい、ライツちゃんって言うのよ。」
「そうか、ライツちゃんって言うのか。その子と話しをする時には周りがうるさくてもちゃんとその子の声が聞こえるじゃろ。それに、あまり周りの声が気にならないじゃろ。」
シャルマントは少し上目遣いで教室の中での事を思い出して答えます。
「そうですね~、そう言えば、周りの声は気にならないですね~。それにライツちゃんとも楽しいお話しが出来ていますね~。」
「そうじゃ、それが選択と集中なんじゃよ。」
「そう・・、そうなんですね。うん、何となく分かりました。」
そんな話をしばらくした後、オリビアは魔法が解けてもシャルマントの頭の中に沢山の声が聞こえてこない様に、カチューシャの上からリボンをきつく結んであげました。そうです、リボンでカチューシャの耳をしっかりと押さえ付けているのです。
森の奥に住んでいるおばあさまに届けるカゴも無くなったシャルマントは、しょんぼりとして家へと戻って行きました。
シャルマントは家に帰ると、森であったことをお母さんに話しました。初めは信じてくれなかったお母さんでしたが、シャルマントの頭にくっ付いているカチューシャがどんなことをしても取れなかったので、やっと信じてくれたのでした。
夕ご飯を食べる時です。
シャルマントは頭から顎にかけてにきつく巻き付けているリボンが食べ物を噛むのに邪魔になって、ちょっとだけゆるめてみました。すると、
「あわ あわ あわ・・、キャー うるさい!」
頭の中に多くの声が流れ込んできました。シャルマントはあわててリボンを強く結び直します。食欲もわかず、疲れ果てたシャルマントは早めにベッドへと潜りこみ、
(あ~、私、これからどうなっちゃうんだろ~)
と不安になって涙ぐみます。
それでも、今日一日の疲れであっという間に深い眠りへと入って行きました。
そうなのです。
赤ずきんちゃんがオオカミとお話しができたのは、きっとそのずきんの中に動物と会話ができる『何か』を身に着けていたのです。きっと・・・・
これで一つ、童話の不思議が解決しましたね・・・。




