(32)増幅する怒り
「アメリアは?」
アメリアが騎士達に連行されてから少しして、サラザールが店の扉を静かに開けて入ってきた。傍目には落ち着き払って問いを発した彼に、ランデルとリリアが意外そうに言葉を返す。
「分かっているのにわざわざ聞くな」
「近所の誰かが知らせてくれたの? 意外に冷静ね」
するとサラザールは紛れもない殺気を放ちながら、低い声で恫喝した。
「冷静だと? アメリアがああ言っていたのに、今更文句を言うつもりはない。だが……、万が一、アメリアが危害を加えられるような事態になったら、止めるなよ?」
「そんな真似はしない」
「むしろ全力でサポートするわ」
三人が顔を見合わせ、そんな物騒な意思統一をしたところで、勢いよく扉を開けて駆け込んできた者がいた。
「失礼! 閉店の看板が出ているが、アメリアちゃん以外はいるよな!?」
「レストさん?」
リリアが何事かと思いながら声をかけると、サラザールの姿を認めたレストは顔つきを改めて彼に向き直った。
「サラザールさんですね? 彼女からあなたの話を聞いています。彼女の事はこちらで何とかしてみますので、少し時間をください。よろしくお願いします」
「お前は……、少し前からここに顔を出している用心棒だよな? そんな奴が、どうしてなんとかするとか言えるんだ?」
レストが入店してきたと同時に綺麗に殺気を消したサラザールは、唐突に頭を下げられたことと、それ以上に話の意味が分からずに困惑した。彼の不審そうな顔つきに、レストは真剣な面持ちで話を続ける。
「改めて自己紹介します。私の名前はレスト・デュリスです。それで私と共にこちらに出向いていたルーファと名乗っていた者は、アルフェウス・エル・スウィグラーでこの国の第二王子です。私はアルフェウス殿下の補佐官兼護衛を務めております」
その告白を聞いた三人は、揃って顔を引き攣らせた。
「は? この国の第二王子とその側近だと?」
「げ……、冗談」
「何それ、最悪。きちんと調べておくべきだったわ」
三人の呟き声はレストには届かず、彼もそれを気にしないまま説明を続ける。
「本当に申し訳ない。殿下はこの数日、城の奥の書庫に籠もって昔の記録を調べていました。私を含む配下の者達も他のことに忙殺されていたもので、医師組合と薬師組合が彼女に対して訴えを起こしたことに、つい先ほどまで全く気付いておりませんでした」
そこで深々と頭を下げたレストに対し、サラザールは皮肉たっぷりに要求した。
「ほう? それはそれは。それなら、さっさとアメリアを解放してもらおうか」
しかし頭を上げたレストは、真顔でそれを断る。
「申し訳ありませんが、それは無理です。既に公の聴聞会として設定されています。その関連での権限がない殿下が中止を要請しても、越権行為として糾弾されるだけです」
「そうか。それなら貴様、ここまで何のためにのこのこ出向いたんだ? 俺に殺されに来たというなら、今すぐに望みを叶えてやるぞ?」
「サラザール!」
「ちょっと落ち着いて!」
さすがにこんな場所で、しかも王子の側近と判明した相手に対して暴力行為に及ぶわけにはいかず、ランデルとリリアは血相を変えて両側からサラザールの腕を掴んだ。その様子を見たレストは、再び真摯に頭を下げる。
「お兄さんの怒りは尤もです。ですが怒りを抑えてください。お願いします。ここで騒ぎ立てても彼女のためになりません」
「誰のせいだと思っている!?」
「城内での彼女の身の安全は、殿下が保障します。それに聴聞会への臨席許可も取りましたので、殿下が可能な限り弁護いたします。それでも万が一、理不尽な処罰を与えられる可能性がありますので、予め私がこちらに出向くことになりました」
「……どういうことだ?」
怒りにまかせて怒鳴りつけたサラザールだったが、相手の不穏な台詞に眉根を寄せた。するとレストが、予想外のことを言い出す。
「必要最低限の荷物をまとめておいてください。最悪の場合、速やかに彼女とあなた達の逃亡を手引きします。逃亡先での当面の生活資金や職探しなども手配しますので、心配しないでください」
いきなりそんなことを言われたランデルは呆気に取られ、外見通りのラリサの口調で遠慮がちに問いかけた。
「あの……、レストさん? そんなことをしたのがバレたら殿下は勿論、あなただって罪を問われることになりませんか?」
それにレストは苦笑いしながら告げる。
「ラリサさん、それは重々承知の上です。ですが私達は前々から、医師組合の増長と権威にしがみつく姿勢には危機感と嫌悪感を覚えていましたから。自分達に迎合しないからといって彼女を目の敵にする薬師組合もどうかと思っていましたが、そんな奴らの口車に乗って糾弾してくる医師組合には、今回ほとほと愛想が尽きました」
「はぁ、なるほど……」
「そういう事情ですので、いつどんなことが起こってもすぐに動ける状態にしておいてください。何か動きがあれば、すぐにこちらに知らせます。くれぐれも変な騒ぎを起こさず、経過を見守っていてください。よろしくお願いします」
そこで再度頭を下げたレストを面白くなさそうに見やったサラザールは、少しして冷ややかな口調で応じる。
「お前達の誠意は分かった。不用意に騒ぎ立てないようにしておく」
「ありがとうございます。それではまた来ます」
安堵した様子で帰っていくレストを見送ったランデルは、意外そうにサラザールに声をかけた。
「お前にしては冷静じゃないか」
しかしここでサラザールは、吐き捨てるように言い放つ。
「冗談じゃない。荷物は纏めておくぞ。アメリアが何と言おうと、ことと次第によっては竜の国に戻るからな。これ以上、あんな連中と関わり合いになってたまるか」
「さっさと追い払うために、適当に言っただけなのね」
「まあ、でも確かに、何があってもすぐに対応できるように、念のため荷物をまとめておくか」
憤然としているサラザールを宥めながら、ランデルとリリアは頭の中で撤収の算段を立て始めていた。




