(31)捕縛
「あらまあ、それは大変。リリア、ラリサ、今の話を聞いた?」
「しっかり聞こえたわ。そこまでおおごとになると、審議の準備とやらも色々大変そうね」
「アメリアも、すぐには戻ってこれなさそうだし。ラルフさんの怪我が治りきっていないから、当面の指示を書き出しておいてくれる?」
「ああ、そうね。じゃあ準備するから、ちょっと待っててね」
ラリサの声と口調でランデルに頼まれたアメリアは、気安く目の前の騎士に断りを入れて奥に行こうとした。しかし完全に腹を立てた男が、アメリアの腕を掴んで引き寄せようとする。
「はぁ!? ふざけるな! さっさと来い!」
しかし乱暴に左腕を掴まれた瞬間、アメリアの目が隙のない戦士のそれになる。
「か弱い」
「ぐほっぁ!」
「女性に」
「うおっ!」
「何すんのよっ!」
「ぐへぇっ!」
アメリアの拳が無防備な男の鳩尾にめり込んだと思ったら、次の瞬間彼の脛に渾身の力を込めた蹴りが入った。続けて反射的に前屈みになった男の頬をアメリアの拳が直撃し、その衝撃で彼は仰向けに倒れて微動だにしなくなる。
「貴様!?」
「何をする!?」
完全に意識を失っている騎士を見て呆気に取られた仲間達は、次の瞬間憤怒の形相でアメリアを睨みつけた。しかし彼女は平然と言葉を返す。
「いきなり乱暴な事をしたのは、この横柄なおじさんよ。逃げも隠れもしないから、ちょっと待っててと言っているだけじゃない」
「何だと!?」
そこで彼らとアメリアの間に、ランデルとリリアが割り込んだ。
「あらあら。王家直属の騎士団って、それほど大きくない建物を包囲しているのに、捕まえに来た罪人をみすみす取り逃がすようなお間抜けさんばかりなのかしら?」
「それとも、人目があるところで若い娘に叩きのめされて喜ぶ性癖持ちなの? それなら表に出てくれれば、私達三人で相手をしてあげるわよ?」
その嘲笑めいた声音と台詞に、男達が顔色を変える。
「お前ら! 無礼だぞ!?」
「ふざけるのも大概にしろ!!」
「冗談だと思うのなら試してみれば?」
「たまには手加減なしで思いっきり暴れたいものね」
「最後通告よ。これ以上恥をかきたくなかったら、おとなしく待ってなさい」
数に任せて凄んでみせたものの、怖じ気づくどころか目の前の美女達が醸し出してくる殺気にも似た妙な気配に、騎士達は何となく底知れないものを感じて無意識に後ずさった。
「……っ! さっさと済ませろ!」
そう捨て台詞を吐いた騎士達は、外に出て店の前で待機し始めた。とりあえず追い払うのに成功したアメリアは、カウンターの下に準備しておいた治療計画書を取り出しながら苦笑する。
「念のため、準備をしておいて良かったわ。とは言っても、ランデルに任せておけば大丈夫だろうけど」
「ああ、ラルフさんの体調管理は任せろ」
「相当荒れるでしょうけど、サラザールもなんとか宥めておくわ。王都一帯が火の海になるような事態は回避するから、心配しないで」
そこでアメリアは、しみじみとした口調で頼み込んだ。
「二人がいてくれて、本当に助かった……。面倒をかけるけど、お願いね」
「ああ。大丈夫だとは思うが気をつけろよ? それから、武器は持っているよな?」
「大丈夫。ちゃんと隠してあるわ」
「それなら良い」
竜の国を離れる時にタウラスから贈られた鱗は今もアメリアの手の甲に隠されており、彼女は自らの魔力を両手に集中してそれを浮かび上がらせた。その中に武器が収納されているのはランデルも知っており、満足そうに頷く。
「この際、言いたいことを思う存分言ってきなさい。あとは臨機応変にね」
「分かったわ」
「さすがに城内に侵入したり、そこで魔術を行使したりすると魔術師に察知される可能性があるから迂闊なことはできないけど、何とか連絡を取る方法を考えておくわ。万が一の時には隠蔽工作でもなんでもするから、躊躇ったりしては駄目よ?」
リリアの言葉にアメリアが頷きかけたところで、どうやら外の騒ぎを不審に思い、住居部分の玄関から外に出て話を聞いたらしいイラーナが、店の入り口から駆け込んできた。
「アメリアちゃん! 何てことだい! アメリアちゃんは悪くないよ! あたしが行って、偉い人に頭を下げてくるから!」
既に大泣きしながらしがみついてきたイラーナに、アメリアは優しく言い聞かせた。
「イラーナさん、大丈夫です。ちゃんと自分の言い分を聞いてもらうために行ってきますから。まだラルフさんの傷が治りきっていませんし、付いていてください」
「でも!」
「本当に大丈夫ですよ。私、結構運が良いし、しぶとい方なんです。ラリサとリリアに後を頼んでおいたので、二人の指示に従ってくださいね? お願いします」
アメリアが重ねて言い聞かせると、イラーナは涙を拭って真剣な面持ちで宣言する。
「分かったよ、アメリアちゃん。でもうちの人の怪我が治ってもアメリアちゃんが戻ってこなかったら、絶対にお城まで文句を言いに行くからね!」
「それまでには戻りますから。じゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
「気をつけてね」
明るく笑いながら挨拶したアメリアは、三人に見送られて店を出た。すると店の前に荷馬車が横付けされており、その前に苛立った様子で騎士達が待ち構えていた。
「遅い! いつまで待たせる気だ!?」
「あら、ごめんなさい。老い先短い年寄りじゃないから、気が長いもので」
「ふざけるな! こいつをさっさと縛り上げろ!」
そこでアメリアは後ろ手に縛り上げられ、問答無用で荷馬車に乗せられた。そこに相変わらず昏倒している騎士が横たえられており、アメリアは笑いをかみ殺しながら密かに魔術を展開させる。それで縛り上げられた縄が緩み、ほとんど痛みやきつさを感じなくなった。
神妙な様子を取り繕いながらも鼻歌さえ歌い出しそうな心境のアメリアとは対照的に、事情を知っている近所の者達は全員悲壮な顔つきで動き出した荷馬車を見送る。
「サラザールが仕事中で良かったわね」
「本当だな。これを見ただけで、暴発確実だ」
ランデルとリリアは遠ざかる荷馬車を見送りながら、これから戻ってくるであろう面倒くさい男への対応に、頭を悩ませることになった。




