(29)諦観
「ラルフさん、聞こえますか? 今からお腹に刺さっている棒を抜いて、必要な処置をします。まず痛みを抑える薬を飲んでもらいますので、頑張ってください」
「わ、かった……」
ランデルに支えてもらいながらわずかに上半身を起こしたラルフは、激痛に呻き声を上げながらも、アメリアが準備した液体を何とか飲み干した。
「これで、いいか?」
「はい。あとは間違って舌を噛んだりしないように、この布を噛みしめていてください」
「……ああ」
再び寝台に横たわったラルフに、アメリアは折り畳んだ布を差し出して噛ませる。その間にランデルは、手早く処置の邪魔になる衣類を剥いだり切り取ったりして前準備を済ませた。そしてラルフに聞こえないよう、アメリアの耳元で囁く。
「時間がない。悠長に人間のやり方で消毒や麻酔をやっている暇はないし、魔術で短縮するぞ」
それにアメリアも同意して囁き返した。
「分かってる。さっきも処置前に使う麻酔じゃなくて、怪しまれないように普通の水を飲ませただけだから。あとで傷口なんかを怪しまれないように、処置そのものは本来の手順で行うことにするわ」
「そうだな。外から様子を探ろうとする奴は、いちいち言わなくてもリリアがさりげなく排除するはずだ。さっさと始めるぞ」
「ええ。それじゃあ、ランデル。お願い」
「よし、いくぞ」
麻酔代わりに、ランデルが意識を低下させる鎮静魔術を展開していく。それに伴い、苦痛に呻いていたラルフの反応が徐々に鈍くなり、やがてゆっくりと瞼を閉じた。
「……ぅ、ふぅ」
「ラルフさん?」
アメリアは慎重にラルフの脈や呼吸の状態、患部の状況を確認していく。その間に周囲の消毒作業も魔術で終わらせたランデルが、冷静に声をかけた。
「アメリア、消毒も終わったぞ」
「それじゃあ、始めますか」
サポートに徹してくれるランデルに頷いてから、アメリアは決意に満ちた表情でラルフの身体へ手を伸ばした。
※※※
「アメリア!」
閉店の看板を出しているドアを乱暴に押し開け、大声で叫びながら店内に駆け込んできたサラザールに、リリアは冷え切った視線を向けた。
「サラザール。アメリアが奥で頑張ってるのに、喚き立てないで」
「おい! 今、アメリアが怪我人の手術をしているって本当か!?」
自分の台詞を完全に無視して怒鳴りつけてきた相手に、リリアが苛立ちながら言い返す。
「話を聞いて、慌てて仕事を放り出してきたってわけ? アメリアが聞いたら怒るわよ?」
「そうは言っても! どう考えても問題になるのは明らかだろうが!? お前達が付いていて、どうしてそんなことをさせた!? 揃いも揃って役立たずだな!!」
「なんですって!?」
サラザールとリリアが怒鳴り合いになりかけたところで、イラーナが涙声で謝罪し始める。
「ご、ごめんなさいぃ……。うちに、医師に診てもらうお金なんてないって、言ったからぁ……。アメリアちゃんがぁぁ……」
「……」
「無神経すぎるわよ?」
うずくまってむせび泣いている年配の女性を見下ろしたサラザールは、さすがに気まずさを覚えて口を噤んだ。
舌打ちを堪えながらそんな彼をひと睨みしたリリアは、できるだけ優しい口調でイラーナに声をかける。
「イラーナさん、泣かないでください。誰もあなたを責めたりなんかしませんよ。アメリアは自分がしたくて、やっているんですから」
「でも……」
「結構時間がかかっているけど、どうなったのかしらね……。あ、アメリア!」
困ったように奥へ繋がるドアへ視線を向けたリリアは、ちょうどそこから出てきたアメリアを見て目を輝かせた。アメリアはそんなリリアに笑顔で頷いてから、イラーナに報告する。
「イラーナさん、お待たせしました。幸い、内臓の損傷はないことを確認できましたし、傷口の縫合も終わりました。出血も止まっています。しばらくは上半身を起こすのも辛いと思いますけど、傷口が塞がれば立って歩けるようになりますから、安心してください」
「本当かい!?」
途端に喜色を浮かべて立ち上がったイラーナに、アメリアは説明を続けた。
「ええ。取りあえずここで一週間ほど経過観察をして、問題なく動けるようになったら家へ戻ってもらいます。奥の部屋は狭いですが、心配ならイラーナさんも一緒に泊まり込みますか?」
「そうさせてもらえるかい!? ありがとう、アメリアちゃん! あんたはあの人の命の恩人だよ!」
「今は疲れて眠っていますし、ラリサが様子を見ていますが、ラルフさんの顔を見てきますか?」
「ああ、行ってくるよ。静かにするからね」
歓喜の涙を浮かべながらアメリアの手を握りしめたイラーナは、礼を述べてからゆっくりと奥へ向かった。そこでリリアが、アメリアに声をかける。
「アメリア、お疲れ様」
「ありがとう、リリア。表にラルフさんの知り合いが集まっていると思うから、無事に処置が終わって問題ないって伝えてくれる?」
「分かった。行ってくるわね」
早速リリアは店の外へ出ていき、店内にはアメリアとサラザールだけが残された。
「アメリア。目立つことはするなと言ったはずだし、それはお前も理解していたはずだが?」
(これは本気で怒っているわね。無理もないけど)
仁王立ちになって追及してくる兄に対し、アメリアは冷静に自分の考えを述べた。
「言いたいことは分かっているし、確かに騒ぎになるわよね。でも、この際それを利用しようと思っているの」
「何を言っている?」
「私を煙たがっている医師組合や薬師組合がこれを知ったら、どう考えても公にして罰しようと考えるわよね。取り調べだなんだという事態になったら、その場で一部の特権階級や裕福な人間しか医師になれない現状がおかしいって訴えるわ。それに例の虫除けのことも、言うだけ言ってやるわよ。少しでも疑いを持ってくれる人が増えたら、事態打開のきっかけになるかもしれないじゃない」
堂々と言い切ったアメリアを見て、サラザールは呆れたように告げた。
「何を開き直っているんだ……」
「もうとっくに腹を括ったから。そういうわけだから、兄さんも諦めて頂戴」
どうあってもアメリアを翻意させるのは無理だと悟った彼は、苦虫を噛み潰したような顔をしながらも、一応了承した。
「お前がそこまで言うなら、仕方がない……。だが万が一、お前に危害を加えようとする馬鹿がいたら、この国を丸ごと潰して即刻向こうへ戻るぞ。分かったな?」
「いきなりそんな物騒な話にはならないだろうから、少し落ち着いてよ」
(やってしまったことは仕方がないから、運を天に任せるしかないわね。その前に、やれることはきちんとやっておかないと)
最後にしっかり釘を刺してくる兄に閉口しながら、アメリアは今後について考えを巡らせた。




