(28)薬師の本分
ルーファ達と連携して、アメリアが周囲の気になる患者の症例を集め始めてから、数日が経過した。
その日も朝から平穏無事に時間が過ぎていき、客の流れが止まったところでアメリアが他の二人に声をかける。
「さてと。キリが良いし、そろそろ休憩してお昼にしない?」
「そうだな」
「そうしましょうか」
ランデルとリリアが頷いたところで、何かが盛大にぶつかるような音と、複数の悲鳴が外から聞こえてきた。
「え? 今、外から凄い音がしなかった?」
「確かに聞こえたな」
「何かぶつかったような……。ちょっと行ってみましょう」
顔を見合わせた三人は、そのまま店の外へ出た。
すると、少し先にある広場の隅で、周囲の屋台をなぎ倒しながら荷馬車が横転しているのが見える。その付近には複数の人間が倒れ伏しており、怪我人が出ているのは確実だった。
「きゃあぁぁぁっ!」
「おい、大丈夫か!?」
「しっかりしろ!」
「皆、手を貸してくれ!」
悲鳴と怒声が入り交じる光景に、三人は揃って顔色を変えて駆け出した。
「大変だわ!」
「馬が泡を吹いて倒れてるわよ」
「蜂にでも刺されて馬が暴走した挙げ句、露天商が集まっていた場所に突っ込み、通行人も巻き添えにしながら横転したか。積み荷も散乱しているし、酷いな」
冷静に状況を判断しながら三人が現場へ駆け寄ると、大勢の人々が協力して倒れた荷馬車を僅かに持ち上げ、その下敷きになっていた人物を引っ張り出したところだった。
「退かしたぞ!」
「怪我人を早く!」
「あんた! しっかりして!」
「……っ」
荷馬車か屋台の折れた木材が脇腹に刺さった男が顔見知りの人物だったことで、アメリアは顔色を変えた。そして険しい表情で怪我の状況を確認する。
「ラルフさん! 怪我の箇所……、これは……」
「早く抜いて、血を止めないと!」
意識が朦朧としている夫に呼びかけながら、イラーナが彼の脇腹に刺さっている木片を抜き取ろうとして手をかけた。しかしアメリアが慌ててそれを制止する。
「イラーナさん、駄目! その刺さっている棒を無闇に抜いたら、傷口から一気に出血して失血死する可能性があるわ! 感染症を防ぐためにも、きちんと消毒した場所で患部から異物を抜き、すぐに骨や内臓の状態を確認した上で縫合処置をしないと! ここでは駄目よ!」
それを聞いたイラーナは、たちまち目に涙をあふれさせた。
「あ、で、でも……、縫合って……、身体を縫うのよね!? 医師に診てもらうような大金、うちにはないのよ!」
そう叫んだかと思うと、彼女は「うわぁああああぁ!!」と悲痛な叫び声を上げた。そのまま号泣する彼女に、周囲の者達は「気の毒に」「運が悪かったよな……」などと呟きながら同情の眼差しを向ける。
「…………」
他の怪我人への対応や事後処理で周囲が騒然としている中、アメリアは地面に横たわるラルフを見下ろしながら小さく歯ぎしりした。そのまま沈黙を保つ彼女に、斜め後方からランデルが囁く。
「アメリア」
その呼びかけに、アメリアはラルフから視線を外さないまま、淡々と思うところを口にした。
「分かってる。私はただでさえここでは異端なんだから、極力目立つことは避けるべきだって。でも、目の前の患者を見殺しにしたりしたら、これまでの教えに反すると言われて、お師匠様に破門されるわ。第一、私、自分自身を許せなくなる」
それを聞いたリリアとランデルは、背後からアメリアの左右の肩を叩きながら苦笑交じりに告げた。
「それくらい、私だって分かっているわよ」
「むしろ何もしないつもりなら、こっちが見限ってたぞ」
そこでアメリアは、吹っ切れたような笑顔で振り返った。
「ありがとう。そういうわけだから付き合ってね」
「もちろん」
「任せろ」
そう頷いた二人は、即座に行動に移った。
「すみません、皆さん! ラルフさんをうちの薬師所へ運んで治療します! 手を貸してください!」
「運ぶのに適当な戸板のようなものはありませんか? 頑丈な布でも構いません! 人を運べる大きさの物をお願いします!」
「分かった! 手伝うぞ!」
「おい、この板はどうだ!?」
「皆で持てば運べるよな!」
ランデルとリリアの呼びかけに、周囲の者達は瞬時に真顔になって駆け寄ってきた。すると泣きじゃくっていたイラーナが、驚いたように顔を上げる。
「ア、アメリアちゃん。治療って言っても、できることはないでしょう?」
「いえ。できることは山ほどあります。イラーナさん。私達に任せてくれませんか?」
ラルフの横に膝をつき、イラーナと視線を合わせながらアメリアが申し出た。それを聞いたイラーナが、信じられないように尋ね返してくる。
「あの人を、助けてくれるのかい?」
「もちろんです」
「本当に?」
「ええ、任せてください」
「ありがとう。任せるから、お願い」
「はい。絶対助けます」
縋るような目で懇願するイラーナに対し、アメリアは力強く頷いた。そこで男達が運んできた戸板にラルフを乗せ、アメリア達はできるだけ急いで店へと戻った。
「入り口の戸を開けて!」
「よし、開けたぞ!」
「この奥は狭くなるから、大勢で運ぶのは無理ね。これ以上は私達で奥へ運びましょう」
とりあえずラルフを店舗内まで運び入れたアメリアは、ここまで運んでくれた男達に丁重に礼を述べた。
「皆さん、ご協力ありがとうございました。これからラルフさんの処置をしますので、今日は閉店です。お客が来たら、そう伝えてください。イラーナさんは店内で待機していてくださいね」
「分かったわ」
「アメリア、頼んだぞ!」
「ええ。大丈夫ですから」
部外者には店の外へ出てもらい、アメリア達は奥の治療室へラルフを運び入れる。人間より身体能力に優れている竜にとって、男一人を運ぶのはわけないことであり、ランデルとリリアはラルフの手足を持って軽々と運んだ。
さすがに人目のある場所ではできず、外では男達数人がかりで運んでもらったが、激しく動揺しているイラーナには、その光景を見ても異常を感じる余裕はなかった。
「よし。それじゃあ、急いで取りかかりますか」
アメリアとランデルが手際よく手術の準備を始めていると、気絶していたラルフが寝台の上で意識を取り戻した。
「……ぅ、ここ、は」
「アメリアちゃんの店だよ! あんた、大丈夫かい!?」
「うぅっ、はら、……が」
「しっかりして!」
必死の形相で声をかけるイラーナに、アメリアはできるだけ穏やかな口調で言い聞かせる。
「イラーナさん。ここからの処置は、あまり見ない方が良いです。お店の方で待っていてもらえますか? リリア、イラーナさんをお願い」
「分かったわ」
頼まれたリリアは、心得た様子でイラーナに歩み寄った。
「イラーナさん。心配でしょうが、アメリアの邪魔にならないように向こうで待っていましょう」
「……ええ。あんた、頑張ってね」
リリアに支えられるようにして、イラーナは涙ぐみながら治療室を出ていく。それを見送ったアメリアは、真剣な面持ちでラルフに向き直った。




