(27)急転直下
「失礼します」
礼儀正しく断りを入れて入室してきたシルヴィアは、夫と向かい合っているルーファを認めると、困惑した様子で歩み寄った。
「ルーファ、一体どうしたの? 陛下の寝室で、何やら凄い騒ぎになったそうだけど。その後、ライオネルがあなたを執務室に連れて行ったと聞いて、心配になって様子を見に来たのよ」
「申し訳ありません、義姉上。お騒がせしまして」
心優しい義姉に心配をかけてしまったのが分かったルーファは、心底申し訳なく思い、頭を下げた。そんな弟から妻に視線を向けながら、ライオネルが説明する。
「父上が使っている虫除けの籠だが、あれから毒性の成分が出ているのが判明したのだ。ルーファがそれを排除しようとしたが、抵抗する父上と大喧嘩になってな。使用していた物はルーファが破壊したのだが、父上が新しい物を持ってくるように言いつけていたから、今から私が再度出向いて、周囲も含めて父上にきちんと言い聞かせてくる」
夫の説明を聞いたシルヴィアは、そこではっきりと分かるほどに顔色を変えた。
「……え? 陛下が使っている、虫除けの籠、ですか?」
「はい、そうですが……。義姉上? どうかされましたか?」
「シルヴィア、顔色が悪いぞ?」
男二人が怪訝に思いながら、シルヴィアに声をかけた。すると彼女は、震える声で予想外のことを言い出す。
「あの……、それを……、私も以前、使っていました……」
「何だと!? それは本当か!?」
「誰が持ち込んだのです!! それに、今はどこにあるのですか!?」
その事実に、ライオネルは勿論、ルーファも血相を変えて問い質した。するとシルヴィアは、気丈に振る舞おうとしながら説明を始める。
「虫が酷かった時期に、グラン子爵が『効果的な虫除けです』と言って献上してくれたの。確かに効き目が良かったから、『室内に虫が入ってきて困る』と仰った陛下にお譲りしたのよ」
「そうでしたか……」
シルヴィアの所に足繁く通っている隣国の大使からであれば、献上品の数や種類も相当だろうと思ったが、ルーファは何となく違和感を覚えた。しかしそれを口にはせず、シルヴィアの説明に耳を傾ける。
「陛下に譲って喜んでもらえたのをグラン子爵に伝えたら、すぐに新しい物を持ってきてくれて、それを使っていたの。虫の時期が終わると同時に保管して、次の時期にまた使おうと考えていたわ」
「今はもう、使っていないのですね? それに、義姉上が体調を崩したら医師達が騒ぐと思いますし、現時点で特に調子が悪いところはありませんね?」
「ええ、大丈夫よ」
「それは何よりでした」
念のため現状を再確認したルーファは、シルヴィアの答えに安堵の息を吐いた。そしてすかさず申し出る。
「兄上、もう一つお願いがあります。城の書庫の鍵を貸していただけませんか?」
「書庫の鍵だと? どうしてだ?」
「先ほどお伝えしたとおり、傍目には信憑性がない話です。ですからそれを裏付ける記録があれば、公表したいのです。医療などの重要性の高い記録であれば、この国が建国される以前の物でも保管してある可能性は皆無ではないと思いますので」
怪訝な顔で弟に問い返したライオネルは、その主張を聞いて深く頷いた。
「よし、分かった。王太子権限で、全面的にお前に任せる。好きに使え。管理者達にも話を通しておこう」
「ありがとうございます。助かります」
早速立ち上がって執務机に向かったライオネルは、その引き出しから鍵束の一つを取り出した。それをルーファに渡すと、シルヴィアに向き直って厳命する。
「私は父上のところに行く。シルヴィア。お前は部屋に戻って、侍女達に例の虫除けを即刻処分するように伝えろ。保管してある分、全てだ」
「分かりました」
硬い面持ちで頷いたシルヴィアをその場に残し、ライオネルはルーファとともに執務室を出て歩き出した。
※※※
国王親子が激しい罵り合いを繰り広げた日。夜になっても城内のあちこちで、憶測を交えた噂が囁かれていた。その一角で、人知れず不穏な会話が交わされていることなど、当事者以外の誰も気づいていなかった。
「まったく面倒なことになった。あれが国王の不興を買うだけなら良かったが、王太子まで虫除けの排除を徹底させて、国王との関係が険悪になるとはな」
盛大な舌打ちの音を隠そうともしない主の機嫌をこれ以上損ねないよう、向かい合っていた人物は慎重に話題を逸らす。
「それにしても……、どうしてあれの毒性が露見したのでしょう? あのような古い文献、我々でもたまたま入手できたのですが……」
「大方、あの男が何かしくじったのではないか?」
「可能性としては、それが一番ありそうですね。ところで、どうされますか?」
侮蔑的に告げた主に相槌を打ってから、その人物は慎重にこれからの方針について尋ねた。すると主が、含み笑いで答える。
「毒性を指摘したのは、市井の薬師だそうだ。しかも色々と面白い話も聞こえてきたぞ。今回はそれを利用させてもらう。あの男は用済みだ。変に疑われる前に始末しておけ。不自然に思われないようにな」
「少々お時間をいただければ、お望み通りに」
そこで話は終了し、後には静寂だけが残った。




