(26)信頼関係
「お止めください、殿下!」
「今、陛下に取り次ぎますので!」
「……何事だ? 騒々しい」
国王であるカルシールはベッドに横たわったまま、ドアの向こうから伝わってくる喧噪に眉根を寄せた。誰かに尋ねようと枕元の呼び鈴に手を伸ばしたところで、続き部屋に繋がるドアが乱暴に開けられ、侍従達に囲まれながらルーファが現れる。
「失礼します!」
滅多に顔を見せない息子の声に、カルシールは驚きながら上半身を起こした。
「アルフェウス? どうした? ここに来る予定など聞いていないぞ?」
「父上、申し訳ありません。用事を済ませたら、すぐに退出します」
「一体、何の用だ?」
怪訝な顔になった父親を半ば無視しながら、ルーファは足早に窓際に向かった。窓辺に吊されていた虫除けの籠を取り外した彼は、それを両手で掴んで渾身の力を込めて床に投げ落とす。
「こんな物!」
「アルフェウス、何をする!? 止めろ!!」
血相を変えて父親が制止するのも構わず、ルーファは続けてその籠を乱暴に踏み潰して破壊した。そして残骸になったそれを指差しながら、カルシールに向かって語気強く訴える。
「父上、これは毒なのです! 即刻、使用を止めていただきます!」
しかし息子の暴挙を目の当たりにしたカルシールは、憤然としながら怒鳴り返した。
「何だと!? そんなわけがあるか! 医師は問題はないし、気持ちが落ち着くから続けて使うように言っていたぞ!!」
「ですが、三百二十年程前に同様の物が出回って、死者も出たとの記録が残っているのです」
「何を馬鹿なことを言っている! そんな古い記録が残っているはずなかろう!! 第一、それを主張しているのはどこの医師だ!?」
そう問い質されたルーファは、若干口ごもってから答えた。
「……医師ではありません」
「ふざけるな! 貴様、血迷ったか! この大馬鹿者が!!」
「医師ではありませんが、十分に信頼できる者です!」
「話にならん! 誰か、このうつけ者をつまみ出せ! それから新しい籠をすぐに持ってこい!」
「それは駄目です!! 何度言ったら理解してくれるんですか!!」
国王親子の怒鳴り合いが激化する中、ここで侍従や騎士達がルーファを取り囲んで彼を引き剥がしにかかった。
「殿下! お下がりください!」
「力尽くでも出ていただきますぞ!」
「面白い! やれるものならやってみろ!!」
一触即発の事態になりかけたところで、侍従から報告を受けたライオネルが国王の寝室に到着した。
「これは一体、何の騒ぎだ?」
「兄上……」
「ルーファ。お前らしくない。どうした?」
普段温厚で、周囲と揉め事など滅多に起こさない弟の姿に、ライオネルは不思議に思いながら尋ねた。するとルーファが答えるより先に、カルシールが喚き立てる。
「ライオネル! ここからアルフェウスを引きずり出せ! 私に、その不愉快な顔を見せるな!!」
吐き捨てるような父親の物言いに、ライオネルは納得しかねる顔つきになった。しかしこのまま放置もできず、事態を収拾するべく冷静に弟に言い聞かせる。
「とにかく、ここは退け。私の部屋で、ゆっくり話を聞かせてもらう」
「……分かりました」
ルーファも瞬時に頭を冷やし、ここでこれ以上揉めても仕方がないと判断して素直に頷いた。そして二人で無言で足を進め、ライオネルの執務室に向かった。
「しばらく二人にしてくれ」
「畏まりました」
人払いをしたライオネルは、ソファーに座って向かい合った弟に穏やかな口調で説明を求めた。
「それで? 事情を聞かせてもらいたいのだが」
そう促されたものの、ルーファはどう伝えればよいのか迷った。しかし迷ったのは少しの間だけで、兄に向かって真剣な面持ちで訴え始める。
「その……、信じていただけないかもしれませんが、父上が寝室で使っている虫除けの籠、あれに入っている薬草から毒性の成分が出ています。遅効性で、最初は咳などの軽微な症状が出てから徐々に体調が悪化し、最悪、死に至るそうです」
いきなり弟からとんでもない話を聞かされたライオネルは、思わず腰を浮かせながら矢継ぎ早に問いを発した。
「ちょっと待て! そんなことを言い出したのは誰だ? 王室付きの医師からは、そんな話は全く聞いていないぞ? それとも、それは他の医師しか知らない情報なのか?」
「医師ではありません。市井の薬師です。その薬師の師匠のところに三百二十年程前の記録が残っていて、同様の症状の記載があるそうです」
「…………アルフェウス?」
そこで驚愕の表情から一転し、何とも言えない顔つきになった兄に対し、ルーファは真摯に訴え続けた。
「兄上の言いたいことはよく分かっています。客観的に見ればこの話に信憑性がないのは、重々承知の上です。ですが私にこの話をしてくれた者は私利私欲に走ることなく、周囲の人間が健やかに過ごせるように日々努めている誠実な人間で、十分に信頼できる人間なのです」
真剣な面持ちの弟を凝視したライオネルは、僅かに沈黙してから静かに問いかけた。
「お前は、その者を信じているのか?」
「はい」
「私よりもか?」
「……こんな時に、意地の悪い質問をしないでください」
心底困ったような顔になったルーファを見て、ライオネルは思わず笑ってしまった。そして笑顔のまま、弟に了承の言葉を返す。
「分かった。お前がそこまで言うのなら、お前が信じる人間を私も信じようじゃないか。父上がいくら喚こうが、あの虫除けの籠は排除させよう。心配するな」
「ありがとうございます、兄上」
力強く引き受けてくれた兄に、ルーファは満面の笑みで礼を述べた。それにライオネルが、苦笑を深めながら告げる。
「そうでもしないとお前が信頼する相手の一位の座を、名も知らぬ誰かに奪われそうだからな」
「そんなことを仰らないで欲しいのですが……。そうですね。機会があったら、兄上に紹介します」
「そうか。楽しみにしている」
二人の間で話がまとまったところで、先ほど人払いを命じたライオネルの補佐官が現れ、お伺いを立ててきた。
「失礼します。シルヴィア様がおいでになりましたが、いかがいたしましょう?」
「そうか。ルーファとの話は終わったから入れてくれ」
「畏まりました」
そして補佐官が退出してすぐに、シルヴィアが入室してきた。




