(23)動揺
リドヴァーンから話を聞いた翌日もアメリアはいつも通り店を開けたが、心ここにあらずの状態だった。
「……ちゃん、アメリアちゃん!」
「え? あ、はい。すみません、カーラさん。今日はどうされました?」
若干強めに呼びかけられたアメリアは、それで我に返った。慌ててカウンター越しに常連客に尋ねると、カーラは不思議そうに尋ねてくる。
「いつもの塗り薬を貰いにきたんだけど、どうかしたのかい?」
「いえ、何でもありませんよ? ちょっと考え事をしていて、すみませんでした」
「そうかい? 疲れが溜まっているんじゃないのかい? ちゃんと休める時に休んでおいた方がいいと思うよ?」
「そうですね……、そうします」
本気で心配してくれているのが分かったアメリアは、カーラに素直に頷いてみせた。
「それではお大事に」
カーラの患部の状態を確認してから手早く軟膏を壺に詰めたアメリアは、笑顔で店から彼女を見送った。そして店内に患者が一人もいなくなってから、密かに自分自身に言い聞かせた。
(いけない、しっかりしないと。気にしても無理なことは無理だし、自分ができることをしていくしかないわよ)
するとここで他に誰もいないのを幸い、ランデルが本来の口調で提案してくる。
「なあ、アメリア。明日、休みにしよう」
それを聞いたアメリアは、驚いて振り返った。
「ランデル、いきなり何を言い出すの。来週に休みを入れているじゃない。カーラさんが言ったように体調を崩してもいないのに、どうして店を閉めるのよ?」
「体調は悪くなくても、色々考え込んで疲れているだろう? それなら休みを入れても仕方がないさ。むしろ丸一日仕事を離れて、気持ちを切り替えるべきだ」
「でも」
「いいから。取りあえず、年長者で兄弟子の意見には従え」
ランデルから少々強引に言い聞かされたアメリアは、いくらか迷う素振りを見せたものの、相手の言い分を認めて頷く。
「分かった。明日は一日仕事を忘れて、頭を冷やしてみる」
「そうと決まれば、明日は休む掲示をしておくか。あと、明日は家の中に籠もっていないで、外で気分転換をしてこい」
「うん、ありがとう。悪いけど、そうさせてもらうね」
ランデルの心遣いをありがたく思いながら、アメリアは彼に笑顔を向けた。
※※※
サラザールが守備隊に出勤していくのを見送ったアメリアは、朝食の後片付けを済ませてからランデルに声をかけた。
「じゃあ、出かけてくるね。仕事を忘れて夕方までブラブラするつもりだけど、仕入れができそうな乾物商があったら、物色してくるくらいは構わないよね?」
「それくらいなら大目に見よう。気をつけるんだぞ?」
「ええ、行ってきます」
神妙にお伺いを立ててきたアメリアを、ランデルは苦笑しながら送り出した。
店を出て気分良く歩き出したアメリアだったが、それほど歩かないうちに悶々と考え込んでしまう。
(仕事を忘れろって言われても、やっぱり無理っぽい……。だって、すでに体調を崩している人がいて、これからもっと悪化する可能性のある人もいるのに)
つい気になる患者のことを思い出してしまうアメリアは、自分自身についても考えを巡らせる。
(確かにほとんどの人に胡散臭く思われる普通じゃない薬師だから、誰も私の話をまともに聞いてくれないかもしれないけど。だからといって何もしないというのは。薬師としては駄目なんじゃ……)
自分がこの国で認められた薬師であれば、自分の訴えを信じてもらえただろうかと自問自答したところで、アメリアは唐突にルーファから聞いた話を思い出した。
(そう言えば、ルーファさんのお父さんがまだ虫除けを使っていて、咳の他にも色々な不調が出ていたと言っていたよね! 大変だわ! どうして今の今まで忘れていたのよ!?)
そこでアメリアは、猛然とギブス人材紹介所に向かって走り出した。
「すみません、アレクさんお邪魔します! お仕事中、すみません!」
入り口から勢いよく駆け込んできたアメリアに矢継ぎ早に叫ばれたアレクは、驚きに目を見張った。
「やあ、アメリア。そんなに慌ててどうかしたのか?」
「大至急、ルーファさんに連絡を取ってもらえませんか!? 大変なんです!!」
「それなら急いで呼びつけるが、一体何事だ?」
「ルーファさんのお父さんが、死んじゃうかもしれないんです!!」
「ちょっと待て、落ち着け!」
そう叫んだかと思うと、興奮状態のまま「うわあぁ――ん!」と盛大に泣き出したアメリアを見て、さすがにアレクは動揺した。周囲の者達も一体何事だと集まり始めたところで、奥の部屋から出て来たバルナーが不思議そうに声をかけてくる。
「随分騒がしいですね。どうかしたんですか?」
それを聞いたアレクは、勢いよく振り返って叫んだ。
「バルナー、ちょうど良いところに! 大至急、ルーファをここに呼んでくれ! 俺はこの子を奥に連れて行って、落ち着かせておくから!」
アレクの向こう側にいたアメリアが泣きじゃくっていたのを認めたバルナーが、呆気に取られて固まる。
「え? アメリア? どうしてここに?」
「バ、バルナーさぁぁん」
「アメリア。ちょっと奥で話を聞くから。バルナー、頼んだぞ」
「分かった。すぐに呼ぶ」
再度アレクが語気を強めながら言い聞かせてきたことで、バルナーは真顔になって奥の部屋に戻っていく。アレクはアメリアを宥めながら、その後を追った。




