(22)焦燥
「ああ。残念ながら、現時点ではそうだ。この中毒症状の記録は残っていたが、治療法の記録が発見できていない。当時はタチの悪い伝染病と思われて隔離され、治療も半ば放棄された者が殆どだったのが原因だと思うが」
「治療を放棄って……、それじゃあますます症状が悪化して、死亡者も出るじゃないですか!?」
「それで、良く人間が死に絶えなかったな」
アメリアはたまらず声を荒らげたが、思わずといった感じでランデルが口を挟んだ。するとリドヴァーンが、孫に視線を向けながら答える。
「虫が減ったら虫除けを使わなくなり、徐々に患者が減ったからな。一時期沈静化したが、翌年虫除けを使い始めたら再度流行ったものだから、もしかしたらと推測した者が出てきた。それで虫除けを排除、その上で個々の症状に合わせた対処療法で、殆どの者は回復した。そして以後は、この組み合わせでの使用は禁止になったのだ」
「経過は分かった。ところでじいさん。今回、それと同じ組み合わせの物が出現して流通しているのは、単なる偶然だと思うか?」
「現時点では、偶然にしてはできすぎている、としか言えんな」
「そうだよな」
そこで男二人は難しい顔で考えを巡らせたが、アメリアは気持ちを切り替えながらリドヴァーンに声をかけた。
「お師匠様。とりあえず例の虫除けを排除して対症療法を続ければ、大抵の患者は悪化しないで回復するんですよね?」
「使用の初期や症状が軽微な場合は、問題なく回復するはずだ。病状が進行していたら、どうなるかは不明だが。内臓機能も低下していたら厄介だな。すまない、アメリア。これくらいしか助言できない」
面目なさげに頭を下げた師匠に対し、アメリアはかえって申し訳なく思いながら言葉を返した。
「いえ、毒性があるのが判明しただけで充分です。なんとかできるだけのことをしてみます」
「そうか。それでは切るぞ。リリアには、対症療法に使うと思われる薬剤を多めに持たせる」
「ありがとうございます。それで、今回の事ですがお母様達には内密にお願いしたいのですが……」
母を筆頭に過保護な保護者達に余計な心配をかけたくなかったアメリアは、恐る恐るリドヴァーンに頼み込んだ。それを見た彼は、苦笑いしながら頷いてみせる。
「お前が毒を盛られたわけではないし、危険にさらされたわけでもない。報告する内容ではないから、自分のすべきことを頑張りなさい。ただし、これ以上何かあったら、直ちに連絡するように」
「分かりました。頑張ります」
激励してくれた師匠に頭を下げ、アメリアは通話を終わらせた。
「お師匠様にはああ言ったけど、どうしよう……。あの虫除け、この国にかなり広まっているみたいだし。現に虫の季節が終わっても、使い続けている人がいるもの……。あ、そうだ! この国の偉い人にこの虫除けが毒だって知らせて、使わないようにお触れを出してもらえば良いんじゃない!?」
「確かにそうだが……、それは難しいと思う」
「難しいと言うより、無理じゃないかな……」
「どうしてよ? やってみないと分からないでしょう?」
同意を求めたアメリアだったが、二人が揃って難しい顔で否定的に答えたため、ムキになって言い返した。すると彼らは慎重に意見を述べる。
「その……、口に出すのも腹立たしいが、この国は医師と薬師の二重構造になっていて、しかも組合に入っていないと爪弾きされる状態だろう?」
「これまでこの国の医師や薬師がこの虫除けを全く問題視していなかったのに、これに毒性があると訴えても誰にも相手にしてもらえないはずだ」
「寧ろ、乾物商への営業妨害と言われる可能性すらあるな」
「特に薬師組合の連中が、率先して騒ぎ立てるんじゃないか?」
「そんな……」
彼らの指摘に、アメリアは愕然となった。そんな彼女を宥めるように、二人が実現可能な対応策を口にする。
「とにかく、咳を初めとした症状が続いている患者には、虫除けを使わないように言い聞かせて納得させるしかないだろうな」
「それとこの国に配置している調査員達を動員して、変な咳は虫除けのせいらしいと噂を流させるか」
「そうだな。それに虫除けを使わなくなってから症状が改善すれば、それが原因だと分かってくれるだろうし」
「虫の季節が終わっても継続して使っているってことは、程度の差はあっても中毒症状が出ている可能性があるから、納得してもらうのも難しいとは思うがな」
「そう、ね。そうするしかないよね……」
二人の言い分が尤もだと納得したアメリアは、浮かない表情のまま頷くことしかできなかった。




