(21)悪い知らせ
リリアに虫除けの籠を託してから、特に何事もなく数日が過ぎていた。その日も店を閉めてから三人で夕食を食べ始めたが、その合間にランデルが気になっていたことを話題に出した。
「アメリア。妙な咳が続く患者のことだが、そっちは何か進展があったか?」
その問いかけに、アメリアが首を振って答える。
「特に、進展と言えるほどのものはないわね。兄さんの方は?」
「とりあえず警備隊の中で、該当する者を五人確認した。できるだけさりげなく探ってみたが、全員の家の中で例の虫除けを未だに使っているらしい。更に家族の中に、もっと重症な者が出ている奴もいた」
そこで三人は、揃って考え込んだ。
「事態は結構深刻かもな……。ここまで揃うと、どうしても怪しく思えてくる」
ランデルが難しい顔になりながら独り言のように告げると、サラザールが思い出したように口にする。
「そういえば、リリアの奴はどうしたんだ? リドヴァーンの所に例の虫除けを届けに行っただけなら、とっくに戻ってもおかしくないのに」
「特に連絡はないわ。竜の国の方で、何か仕事を頼まれているんじゃないかしら?」
アメリアが予測しながら告げると、サラザールが憎まれ口を叩く。
「口うるさいあいつがいないだけで、空気が清々しいな。そもそもこっちに常駐する要員じゃないんだから、このまま戻ってこなければ良いのに」
「リリアは私を心配してくれているんだから、そんなこと言わないでよ」
「面と向かって言わないくらいは、配慮しているつもりだ」
「もう、兄さんったら……」
困ったものだと思いながら、アメリアは食べ進めた。その時、居間の方からキュィィ――――ッ!と鋭い通知音が響いてくる。
「え!? な、何!?」
「緊急通信信号だ!」
「急げ!」
「二人とも、ちょっと待って!」
即座に立ち上がったランデルとサラザールは、勢いよく駆け出して食堂の隣の居間に向かった。僅かに遅れてアメリアが居間に入ると、既に壁に掛けられていた通信用の鏡にサラザールが魔力を流し込み、遠隔通信魔法を起動させたところだった。
「アメリア、ランデル、サラザール。三人とも揃っているか?」
鏡に映し出されたリドヴァーンの姿を認めたアメリアは、明るい笑顔で挨拶した。
「はい。お師匠様、ご無沙汰しています」
「改まってそう言うほど、日が経っていないのが残念と言えば残念だが」
「同感です……」
苦笑を深めたリドヴァーンに、アメリアが面目なさげに項垂れる。そこで挨拶もそこそこに、リドヴァーンが真剣な面持ちで話を切り出した。
「それはさておき、リリアが持参した物を調べてみた。最初は分からなくて、確認するのに時間がかかってすまない。お前達も薄々察していたと思うが、これには毒性がある」
「やはりそうですか……」
師匠が片手で持ち上げた虫除け籠を見て、アメリアは沈鬱な表情になる。しかしリドヴァーンの話はそれで終わらなかった。
「竜の国では用いた事はないが、人間の南方の国で三百二十年ほど前に用いた記録がある。まさかこんなありふれた薬草の組み合わせで致死性の成分が発生するなど、全く知らなかったぞ」
そこでアメリアは怪訝な顔になった。
「お師匠様がご存じないのに、記録が残っていたんですか?」
「こちらから、常に人間側の社会情勢を調査する要員を送り込んでいるだろう? その者達が取った記録の中で、医療関係の物は写本を作成して私が保管しているんだ」
「そういえばそうでしたね」
「それでも各年代ごとにまとめられた、食中毒や流行病、それらの治療法とかの膨大な記録になっていたの。その中から該当する物を探し出すのが、なかなか大変だったわ」
唐突にリドヴァーンの肩越しに会話に加わってきたリリアを見て、アメリアはすかさず礼を述べた。
「リリアが手伝ってくれたの? ありがとう」
「それは良いんだけど、あまり状況が良くないの。この症状に対しての治療法が見つからなかったのよ」
「え?」
渋面になりながらリリアが告げた内容に、アメリアは顔色を変えた。そんな弟子に対し、リドヴァーンが冷静に説明を続ける。
「当初はシュオウ、リーキルの組み合わせで虫除けとして使っていたが、害虫が大量発生したことで需要が増し、ミリジャーを追加して凌いだ。それでも物が不足したことで、少しの量で効果を増強及び持続させようと、成分を揮発させやすくするためにある種の香油を併用し始めた」
「それは充分にあり得る話ですね」
「その結果、各成分が反応して想定外の毒性成分が発生した。この虫除けを使用直後は特に不調は見られないが、継続して成分を吸入していくと、まず咳が継続して悪化、さらに食欲不振や吐き気などの消化器系、頭痛や不眠、倦怠感、動悸、手足の震えなどが発現していき、最後には全身が衰弱して死に至る」
「…………」
そこで鏡の両側で、全員が無言になった。しかし黙ったままではいられないと、アメリアが慎重に確認を入れた。
「お師匠様。さっきリリアが治療法の記録がないと言っていましたけど、本当ですか?」
縋るような視線を向けてきた弟子に、リドヴァーンは溜め息を吐いてから重々しく告げた。




