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野良猫(仮)のあきらめは悪い!  作者:
第5章  裁きの女神と黒百合の剣編
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終わりを告げる、真夜中の色

「申し訳ありませんでした」


 ホテルの部屋から消えた妹の気配を追って、砂漠の向こうの遠い国の地を踏んだ時だ。

 処刑を待つ罪人のような顔で、目の前に銀髪の天使が現れた。その表情で全てを悟る。妹は愛良を助けるために、そして元凶を永遠に呪うために死んでみせたのだろう。俺は乾いた笑みを浮かべた。


「まぁ、こうなることは分かっていたよ」


 俺の隣にそっと立ったあーちゃんは、気遣わしげに手を握ってきた。優しいぬくもりに、荒れ狂っていた気分はわずかだが沈静化した。


「夕理ちゃんがこの選択をせざるを得ないほど、追い詰めたのは俺です。どうか如何様にもこの身を処断してください」


 予想通りの発言に、俺は笑顔を向けた。


「嫌だね。そしたら氷雨さんが楽になるだけだろう」


 家族の誰も妹を止めることなど出来ない。だから、本来氷雨さんに妹の死の責任を負わせるのはお門違いだ。そう頭では分かっている。だが、過去夕理さんを散々悲しませてくれた天使様に対して、どうしても言葉が厳しくなってしまう。


「夕理さんはただこの星のための犠牲になったわけでないよ。考えがあってのことだ。あまり娘を見くびらないでくれるかな」


 ピリピリとした肌を焼く殺気。父さんは普段の人型ではなく、本来の黒い獅子の姿に戻っていた。これ、父さん内心は滅茶苦茶怒っているな。


「それは分かっているつもりです。夕理ちゃんからも聞いています。でも、俺は彼女を守る立場なのに」


「あの子の魔力はこの1ヶ月で格段に上がった。その状態で魔力封じを行い続けるのは、余剰魔力を発散出来ずにかえって夕理さんを苦しめることになる。だから、ここで彼女の封印を解いたのは丁度良かったと思うことにするよ」


 苦々しげな口調だ。氷雨さんを射ぬく目線は、俺でも背筋が震えるほどに冷えきっていた。


「だが」


 父さんの魔力の圧が強くなる。本能が警鐘を鳴らす。


「薺くんに大怪我を負わせた件は、許すことは出来ない」


「え、待って。俺のことで怒っていたの?!」


 正直、すっかり忘れていた。大体俺の身体を主に切り刻んでくれたのは鴻池(こうのいけ)さんだし。血を流す俺の姿を写した、悲痛な瑠璃色を知っているから、その事で氷雨さんを責めるつもりは毛頭なかった。


「あぁ、その件では僕も君と話がしたいと思っていたよ」


「待って、あーちゃんも!?」


 絶対その話って穏便なものじゃないよね。あーちゃんの顔に浮かぶ笑みはあまりに美しいが、同時にとてつもなく恐ろしい。こんなあーちゃん知らない。


「俺は氷雨さんにその件で怒ってはいないよ!! 一旦落ち着こう」


「俺に対する怒りは正当なものです。薺くんは俺を庇わなくていい」


 いやいや、光の神と闇の神のタッグ戦はキツイだろう。それに、罪悪感を抱いている氷雨さんはおそらく攻撃に対して抵抗しない。そうなれば一方的な蹂躙(じゅうりん)だ。それは見ていてあまり気分の良いものではない。


 あと、妹は氷雨さんによくなついているから、彼を傷つけたと分かれば夕理さんが後々どんな報復をしてくるか分からない。封印が解けたいま、彼女に勝てる神などいないのだから確実に3枚下ろしにされてしまう。そんな未来は嫌だ。俺は自分の身が可愛いのだ。


「薺くんが優しいのは知っているけど、これは親として許しておけないな」


「僕も恋人としてこのまま流してはおけないね」


 2人の目がマジだ。仕方ない。背に腹はかえられない。


「俺は大好きな父さんやあーちゃんに、ひとを傷つけるような真似をしてほしくないよ」


 更にダメ押し。あーちゃんの方が怒りが深そうだから。


「ね、お願い」


 あーちゃんの首に腕をまわして引き寄せて、柔らかな頬にキスを1つ。親の前だからさすがに唇は恥ずかしかった。


「あ、え、分かった。薺さんがそこまで言うなら僕は何もしない」


 頬に手を当て、真っ赤になって照れるあーちゃんは大変に愛らしい。満足してサラサラの金髪を撫でる。触り心地が大変よろしい。


 さて、1人は片付いた。父さんの方は、ダメ押しが必要だろうか、と向き合って絶句する。光のない、赤みを帯びた金の瞳は恐ろしい狂気をはらんでいた。これ、本気で母さんを呼んでくる案件か?


明陽(あけひ)……? なに、俺の宝物に不埒な真似をさせているの」


「あ、これ、夜柚(やず)の殺したい対象が彼から僕に変わったね!?」


 顔面蒼白になるあーちゃんを然り気無く背に隠す。ここで恋人を守らない選択肢はない。

 俺の行動に父さんはショックを受けた顔をした。気まずそうに瞳が反らされる。


「俺は自分の意思でしていることだから、あーちゃんに怒らないで」


「……分かったよ」


 アリアリと納得いかないオーラを放っているが知ったことではない。現実逃避に空を見上げれば、月が赤く染まっていた。ゾクリ、とした根源的な恐怖を覚える。ひとりの神様の悲しみに呑まれて、世界が狂い始めたか。


 寺山修司の『幸福論』の一説がふと、頭をよぎる。




『「出会い」はいつでも残酷である。しあわせに見える出会いの瞬間も、まさに「別離(わかれ)のはじまり」であると思えば、むなしいものだ』




 こうなるだろうとは思っていたけど、夕理さんは事をどう治めるつもりなんだろう。妹のことだから、考えなしにしたことじゃないのは分かるけど。


「世界の終わりがくる……」


 呆然と、氷雨さんが呟いた。


「娘はもはや救済の女神ではなく、復讐の女神へと変わってしまった。この星の命運はもはや彼女の気持ち次第だろう」


 例え夕理さんが怒りにまかせてこの星を破壊し尽くしたとしても、父さんは止めないな。息子である俺は分かる。

 でも、夕理さんは優しいから、そんなことはしないはずだけど。











 大地を割る音が響き渡る。強烈な悲しみに押しつぶされた慟哭(どうこく)が響き渡り、暴走した魔力が手当たり次第に物を壊していく。


「あーあ。だから無事では済まないって言ったんだけどなぁ」


 それを遠くの自分の神殿から見ていたマオは、しかしその口調とは裏腹に満足げに微笑んでいた。


「氷雨が夕理ちゃんをあいつに差し出すのは意外だったけど。そこまでの情は無かったってことかな」


 火の神が溺愛している少女は死んだ。あとはこの世界は後には何も残らないほどに壊し尽くされるだろう。自分たちに苦しみしかもたらさない、こんな世界など滅んでしまえばいい。



 自分だけでなく、たった一人の家族である最愛の妹にも、生まれた時から犠牲を強い続けるこの世界が大嫌いだ。特に、そのことを当たり前に享受し感謝一つしない人間たちなど全て死ねばいい。

 本当なら、マオは自分の手でこの世の全ての生き物を殺戮するつもりだった。だが、自分はこの星の人間に作り出され、最大の恵みをもたらすよう調整された存在。だから、いざ自分の手で人々を殺そうとしても、安全装置のようなものが働いて上手くいかないかもしれない。だから、マオは確実なほうを取った。愛良は機械じかけの神々の力の大元となったのだ。大切なひとを殺された怨みも上乗せされて、より凄惨(せいさん)な地獄がこの星で展開されるのは目に見えている。



 人々の顔に浮かぶであろう、絶望や恐怖を思うだけでマオは愉快な気持ちになる。自然と顔が楽しげな笑顔の表情を作った。


 だが、そこでマオが予想していなかった出来事が起こった。


「これは……新たな神が誕生したのか」


 見覚えがない。しかし、この世界の神々の誰よりも豊潤な魔力を持つ神。マオは空に浮かぶ神の姿に、絵巻物に描かれたとある神を思い起こした。


「復讐の神が生まれる預言の日は今日だったのか……」


 復讐の女神は、預言書の通りの姿をしていた。背中から漆黒の翼を生やし、肩には黄金の烏が留まっている。手には黒い百合の花をあしらった美しい剣が握られ、イルカの背に乗り空をぐんぐん進んでいく。


 あまりにも愛らしいその顔には見覚えがあった。


「まさか、ユーリがネメシスだったとはね。ただの平和ボケした優しいだけのお姫様じゃなかったか」


 ネメシス。それは傲慢な人間たちに罰を与える、復讐を司る恐ろしい運命の女神の名として、この星の伝承には語られている。


 不正に満ち、穢れたこの世を裁くために現れるとされ、この女神の降臨は世界の終わりを意味する。


「予定していたものとは違うけど、これはこれでより楽しめそうね」


 マオはくすりと楽しげに口角を上げると、一息にワインをあおった。








 不吉な赤く錆びた色をした満月が浮かび上がる。赤いカーテンのようなオーロラが夜空を埋め尽くした。生き物は皆息を潜めて身を隠す。

 言い知れぬ恐怖が、人々の心の中にわいてくる。落ち着こうとしても、恐怖感が薄れない。何か理解できない、とんでもないことが起ころうとしている。

 人々は皆一様に、導かれるように空を見た。そして、空を泳ぐイルカの背に座る美しい乙女の姿を視認した。


「さぁ、あの愛しい神様を救いにいかなければ」


 口調は限りなく優しく慈愛に溢れている。だが、全身が総毛立った。女神の声は世界の崩壊を告げる呪いの響きを帯びていた。

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