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野良猫(仮)のあきらめは悪い!  作者:
第5章  裁きの女神と黒百合の剣編
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神様の約束

 天使様の星空の瞳が迷うように私を見た。私はそれに勇気づけるように頷く。彼が盛大なため息を吐いた。あぁ、その表情はダメだ。


『怪しまれますよ』


 唇の動きだけで伝えれば、それを読みとった天使様がますます苦い顔をする。だが、諦めたように扉に向き直るとノックをした。すぐに誰何(すいか)の声がかかる。


「氷雨です。マスターの望みの者を連れてきました」


「そうか。でかした! すぐ入れ」


 扉が開く。奥には大きな黒い書き物机が一つ。手前には応接用のソファーセット。そして、壁一面が本棚になっており分厚い蔵書がみっちりと詰まっていた。なんだか難しそうな本ばかりだ。おっと。あまりキョロキョロするのもみっともないか。殊勝な顔を貼り付ける。



 初めて会った魔術協会のマスターは、どこにでも居そうな平凡な男だった。特徴が無いのが特徴と言っていい。会ってもすぐに思い出せなくなりそうな顔。だから、それがむしろ『らしい』と思った。


「はじめまして。私がこの魔術協会のマスターだ。どうぞよろしく」


「どうも。愛良様は無事ですよね?」


「あぁ、勿論。かの神はこの世界を救うための大事な生贄だからね。それは丁重にお持て成しさせていただいているよ」


 口内に苦い物が走る。今すぐこの建物を破壊して、愛良さんを(さら)って逃げたいがそれでは何も解決しない。やるなら、徹底的にやらなければ。もう二度と神に手を出さないように、トラウマを植え付けないといけない。


「どうか愛良様を解放してはいただけませんか。その為なら私はなんでもいたします」


「なんでも? それは、かの神の身代わりに死ぬということでもか?」


「はい、それも覚悟の上で私は氷雨様に着いてまいりました」


 魔術師と視線が交差する。覚悟を確かめるようなまなざしを、私は(おく)することなく見つめ返す。


「この世界の全ての生き物を守り育むことが、神である私たちに与えられた使命です。私がその役割を引き継ぐことは理にかなっています」


「さすが。さすが。神とはなんと慈悲深い。あの火の神もそれくらい優しければ良かったのだが。……もう時間がない。案内しよう」


 魔術師は満足そうな顔で笑った。ついで、強大な魔力がほとばしる。これは転移? 瞬間、景色が切り替わった。











「夕理……? 何故」


 絶望したような声は馴染みがある。だが、それは予期していた黒い触手から放たれた言葉ではなかった。息をのむ。そこには、あまりにも美しい男がいた。


 え、誰?


 あ、いや。そういえば、一時的にだが鴻池さんが愛良さんを元の姿に戻したって言っていたな。想像と違う姿にビックリし過ぎて、思わず固まってしまう。

 無花果の皮か。それとも夜明け前の一瞬の黒をまとう紫の空の色か。

 艶やかな紫黒色の髪に、灼熱の炎を宿した爛々と煌めく真紅の瞳。透けるような白い肌。真っ赤な唇には妙な色気を覚えた。全てのパーツが完璧な調和をもって存在している。神様の美貌に慣れている私でさえ思わず見惚れてしまう。触れるのを躊躇うほどの、神聖な美しさ。さすが、天使様の元になった神様だけはある。あまりにも美しい。



 あ、いや今はそんなのん気な事考えている状況じゃないな。気を取り直してシリアスな気持ちにならないと。……あとでじっくり鑑賞させてもらおうっと。



 愛良さんは胸に深々と突き刺さった聖剣によって壁に磔にされていた。剣と身体に絡まるいばらによって魔力を吸い上げられているようだ。なんて惨い。思わず顔を顰める私を、愛良さんが悲痛な眼差しで見て来た。


「なんで。あの時逃がしたはずなのに……」


「彼女は愛良様を助けるために、自分から生贄になりに来たんですよ」


「そんな。俺はそんなこと望んでない」


 愛良さんが激しく首を振る。彼を悲しませるのは私だって本意ではない。でも、ごめんね。私は自分が好きなように振る舞うって決めたんだ。


「私が死んだら骨を食べてね」


 それが貴方を助けることになるから。安心させるよう笑顔で言ったのに、愛良さんの赤い瞳からは昏い色に染まる。


「さて、では儀式を始めますか。この星の状態を思うと早いに越したことはない」


 腕や足、頬に一筋の朱が走る。見た目エグイなー。痛いのは好きじゃないが、我慢はできる。思わず動こうとする天使様を視線で制す。いま、台無しにされては困るのだ。


 傷が増やされるたびに、私の神としての権能が触発され、魔力が高まっていく。もう、お父さんに施された封印が解ける。


「や、やめて‼ このままじゃ、ほんとに、死ぬ。別に、俺だけで良いだろう」


 切り傷を徐々に増やしていく私を見て、泣きそうになりながら愛良さんが懇願した。


「駄目ですよ。貴方は大事な人を傷つけられた悲しみに心が支配されることで普段の魔力のリミッターが外れるようですからね。我が星を繁栄させる動力を得るためにはその程度では足りないので」


 やっぱりそれが目的か。私は半神だから、この程度の怪我痛くもかゆくもないんだけど。それに、愛良さんの怨みの感情を吸って私の魔力も高まるから嬉しいことだ。でも、優しい愛良さんにこの光景を見せるのは酷だろう。早く終わらせないと。


「この、下衆(ゲス)が」


 聞いたことのない、吐き捨てるような冷たい声音にビクっとした。見れば彼を包む靄が濃くなっていく。まずい、まずい。堕ちかけているじゃないか。愛良さんを助けるなら今しかない。私は周囲の油断を誘う為に、弱っているように見せかけた。ふらふらと立っているのもやっとの演技、上手く出来ているといいのだけれど。


「ねぇ、私が死んだらもう愛良様を苦しませることは無いの? 幸せにしてくれる?」


「えぇ、勿論。この星を救った英雄として最上級のお持て成しをさせていただきますよ」


「やめろ! 何、考えてるんだ! いいから、俺の事なんて放っておいて逃げろ!」


 あえて愛良さんの方は見なかった。でないと、罪悪感で決心が鈍ってしまいそうだから。手筈通り、横に飛んできた金烏さんに向き合う。


「金烏様、お願いしますね」


 金烏さんは頷くと、本来の姿である黄金の剣へと変化した。いつ見ても綺麗な剣だな。この剣に貫かれて死ねる最期なら、かなりの栄誉だろう。


「え、き、金烏、お前、なにを」


「分かるだろう、愛良様。我らはお前様を失う訳にはいかないんだよ」


 金烏さんも演技に熱がこもっているのか。聞いたことのない、神鳥らしい厳かな声での返答があった。チラリと目線を向ければ、愛良さんはぽろぽろと涙を流していた。泣いている様もひどく美しくて心がかき乱される。

 愛良さんの涙を、私の事を愛してくれている証だと思って喜んでしまう私は、ひどく最低な奴なのだろう。未来で幸せにするから許してほしい。


「愛良様、そんな顔しないでください。私一人の命でこの世界全ての生き物の命を救うことが出来るのであれば、それは私にとっての誉れです」


 愛良さんは私の言葉を否定して、滅茶苦茶に首を振る。彼が言いたい事は分かる。私が逆の立場だったらバッサリ否定するであろう考えだ。あぁ、嫌だな。今すぐその涙を拭ってやりたいのに。自分がそう仕向けたとはいえ、愛良さんに近づけないのが悲しい。


「金烏、君も、や、やめてくれ。嫌だ。そんなこと、俺は願ってない」


「わぁ、嬉しいです。私がいなくなるのを、そんなに悲しんでくれるんですね」


 ハッキリ愛情が伝わって、自然と満面の笑みを浮かべてしまう。金烏さんは愛良さんを冷たく一瞥(いちべつ)した。


「今の我の主はこの可愛らしいお姫様ですからね。お前様の命令は聞けないよ」

 でも、あんまり泣かれると私も悲しくなってくるから、ここらへんで愛良さんの涙を止めようか。彼がビックリすることを言ってあげよう。


「ねぇ、大好きよ」


 告げた言葉は本心だ。大好きな愛良さんと一緒に生きていきたい。だから私は貴方の神様になる。


「これで愛良様が痛い思いをしなくて済むね。金烏様。さ、どうぞ」


「分かった。苦しませずに一発で死なせてやるよ」


 愛良さんが謂れのない罪悪感を覚えないよう微笑んで見せる。そして、金烏さんが首を落としやすいように頭を垂れた。


「あぁ、そうだ。先ほどの言葉信じていますからね。愛良様を絶対に幸せにしてくださいよ」


「分かっています。何の憂いも抱くことなく冥界に旅立たれよ」


 お前ごときに愛良さんを幸せになんかできるはずないだろう。そんな本音は心の奥に飲み込んだ。今、この場では私は慈悲深い生贄でなければならないのだから。


「約束、ですから」


 黄金の剣が私の首に当てられる。


「や、やめろ。俺から奪わないでくれ! 嘘、嫌だ、ヤダ、彼女を殺さないで!! 俺を好きなだけいたぶれば良いだろう! 嫌、駄目、止まって!!」


 普段冷静な愛良さんが見た事もないほど取り乱している。それに満足感を覚える私は、やはり性格が悪い。愛良さんには相応しくない。それでも、優しい神様になってみせるから。


 ふと、寺山修司の『人魚姫』の一説が思い浮かんだ。




 『愛することならうまくゆくかも知れない。そう、きっと素晴らしい泡になれるでしょう』




「また会いましょう。愛良様」


 剣が一息に私の首を落とす。どうか忘れずに、私の骨を食べてね。

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