火の神奪還作戦、再始動
今日は天使の日ですね!
短くなってしまった綺麗な銀髪を風に揺らした天使様は、機嫌が良さそうに星空の瞳を細めた。
「お呼びでしょうか。愛しい俺の神様」
「……絶対からかっていますよね」
聞き覚えのない甘い声音に遠い目になる。でも、そういったお茶目なところも素敵です。
「まさか。やっとこうして貴方に本心を伝えられるのが嬉しくてね。これからは敵だとか関係なく可愛がれるし。でも、不快なら気を付けるよ」
天使様の顔の何処にもふざけている様子は見えない。誠実そのもの。天使様と敵対していた時もなんだかんだ甘やかされていたと思うが。嘘だろ。まさかあれに上があるのか。ちょっと引いたのは内緒である。
「いえ、それならば良いのです。私も天使様の本当の心が知りたいですから」
「え、あ、うん」
何故そこで顔を赤らめるのだろう。何か私変な事を言ったかな。
「それで、俺に何か用があったんだろう」
「そうですね。時間も無いことですし、手短に」
でないと、過保護な兄とラスボスの父親に絶対邪魔をされてしまう。私が今からしようとしていることは、確実に私の大事なひとたちを傷つける行いだ。それでも、犠牲を最小限に確実に敵を抹殺するには、この方法が最善だ。
それに、愛良さんを救う神としての権能がけたたましく警鐘を鳴らし始めている。もうすぐ手遅れになる、と。愛良さんはこの星の生き物を呪い過ぎた。彼の浄化を行うためには、もう手段を選んではいられない。
「天使様、少し私に神隠しされてくださいな」
服の袖を引っ張って自分の神域に引き込む。神域内は超絶プライベートな空間だから、聞かれたくないお話をするには最適だ。
私の神域は常に夜だ。とはいえ、今は現実世界も夜だから違和感はない。赤や黄色、緑など様々な色に移り変わりながら光る木々の森を抜ければ、一軒の日本家屋に出る。
「どうぞ」
「お邪魔します」
神域は想像さえきちんとできれば何でも叶う空間だ。想像した通り、畳しかない和室に黒漆塗りの机とフカフカの座布団が出て来る。天使様をおもてなしするなら、快適な場所ではいけないからね。
さらに、急須に入ったお茶とお菓子を用意をする。今は6月だから、和菓子は紫陽花を模したものをチョイスした。透明感のある青紫色の錦玉が散らされたお菓子は、とても繊細で美しい。ちなみに中身は粒あんである。
「良ければどうぞ。私が育った国のお菓子です」
「日本の和菓子は可愛いものが多くて目にも楽しいよね。これは紫陽花かな? 今の季節にピッタリだ」
「そうですね」
一口食べると上品なあんこの味が口いっぱいに広がって、とても幸せな気持ちになる。目を閉じると、雨の中でも凛と美しく咲き誇る青やピンクの紫陽花の姿が思い浮かぶ。
「天使様。単刀直入に聞きますけど、愛良様はどうしてこの星に連れ去られたのですか?」
時間が惜しいので、申し訳ないがお菓子を食べながら質問する。
「そうだね。まず、この星は世界樹の加護により、病や飢えによる苦しみから解放された理想郷だった。しかし、文明が発展するにつれ生き物の数が増え、世界樹が支え切れる限界を超えてしまった。人類は豊かな生活を捨てるか、新たにこの星を支える動力源を手に入れるかの2つの選択肢をつきつけられたんだ。そして、選ばれたのは自分たちの手で新たにこの星を支える神を創りだすことだった」
改めて考えると神様を創ればいい、という発想に至るのは凄いよな。それで天使様や菖蒲さんたちが生み出されたのだから、この星のテクノロジーは侮れない。
「まずは参考に出来そうな神がいないかさがすため、宇宙船に乗って様々な星に魔術師が旅だった。そして、地球に能力的にも魔力の質もこの星によく適合する神が1柱いることが分かった。それが愛良だ」
そして、自分たちの言う事を聞かせるために愛良さんの目の前で彼が守るべき人の子を嬲り殺しにしたことで、彼は恨みに呑まれて祟り神になってしまったんだっけ。愛良さんの心情を思うと心臓がギュッと痛くなる。
「俺たち機械仕掛けの神は、存在しない神に祈っても自分たちの暮らしは良くならないということから生み出されたものだ。そして、火の神は機械仕掛けの神をより完璧な存在に仕上げるための生贄だった。強い感情が神の力の鍵となることは分かっていたから、火の神が一番傷つくことをわざと行い愛良を堕ちた神にした。そうして放出された膨大なエネルギーを吸収したことで、この星は千年の安泰を得た」
「でも、今この星を支える魔力はとても弱くなっていますね」
「所詮偽物の神の力は永遠ではない。これまでは替えの利く道具として使い潰されてきたが、それでも元となる魔力が不足し始めたことで新たに人工の神を生み出すことも難しくなってきた。そこで、今度は俺たちの元となった神を捕えて、この星を支える魔力タンクとして永遠に使い続けることにした」
それは、愛良さんがこの星を呪いたくなるわけだ。
「誰かが犠牲となることで成り立つ世界など許せるわけがありません。何れ大きなしっぺ返しが来ます。今ここで止めないと!」
「そうだね。……まぁ、既に人を見限った機械仕掛けの神たちは、もっと苛烈な手段でこの星を終わらせようとしているけど」
マオさんのことだろうな。でもな、この星で暮らす人も地球で暮らす人たちと同じで普通の人だ。おそらく何も知らなかったあろう普通の人たちは出来れば助けてあげたい。
それに、森の精霊さんたちやエルフの皆さんは私たちにとても優しくしてくれた。
だから、彼女たちが泣くような事態は避けたい。マオさん、おそらくこの世界の住民の皆殺しとか考えてそうだし。
「今、愛良様を捕えているのはどういった輩なのですか?」
「この星の全ての魔術師を束ねる魔術師協会だよ。影響力の大きさと重要性から、国のトップでさえもおいそれと逆らえないこの星の実質的な陰の支配者だね。愛良を捕える術式を作ったのは、その協会のマスターだ」
うわ、そんな都市伝説に出てきそうな設定って現実にあるんだ。私の歪んだ顔を見て、天使様が苦笑を溢す。
「大丈夫だよ、夕理ちゃんには手出しさせないから。例えこの身が滅んでも貴方のことは俺が守る」
「私は天使様を犠牲にしてまで生き残りたくはないので、やめてくださいね」
やけに感情が籠っていたな。直近に私を狙う危険があるみたいだ。
いや、そういえば私は世界樹を蘇らせたことでマオ様に狙われているんだっけ。でも、今の話の流れだと魔術師協会からも狙われているような気がする。私は魔術師協会と接点は無いが。
そこで思い出す。神の力を解放する鍵は強い感情だと。今、この星は魔力が不足しているから是非とも神が生み出す爆発的なエネルギーが欲しいはずだ。
もしかして。
「天使様が私の所に来た理由って、世界樹を蘇らせた神を殺すことではなくて、愛良様の元に私を連れて来るように命令されたからじゃないですか?」
「……夕理ちゃんは意外と鋭いよね」
露骨に瑠璃色の瞳を反らされた。表情は苦い。やはりそうか。
「夕理ちゃんほど、愛良の真の力を解放するための鍵となるのにピッタリな贄はいないからね」
そう言われると、心がフワフワしてソワソワする。他人から見ても、私は愛良さんに好かれているんだな。嬉しい。
だからこそ、私はあの優しい優しい神様を取り戻さなければならない。
「天使様が受けた命令を叶えさせてあげましょうか」
キョトンとした顔で天使様が私を見た。そんな表情でも間抜けではなくただただ美しいなんて恐れ入る。
「私を愛良様のところまで連れて行ってください」
ニッコリ笑って、私は天使様に命じた。




