古代の民の預言を刻む、アカシア
街まではどこまでも続く黄色い砂漠が広がっている。遮るものが何もないこの空間は、日光が直接当たって熱い。かき氷食べたい。熱砂に既に音を上げそうだ。
お父さんと明陽さんが涼しい顔で立っているのを信じられない面持ちで見つめる。いや、菖蒲さんと白木さんも平気そうだ。神様特典で暑さに強くなる、とかあるのかな。ハーフである私にもその特典欲しかった。
額の汗をぬぐうお兄ちゃんと、パタパタと手で顔を扇いでいる花楓さんと心で通じて頷きあう。羨ましいねー。そこで、お父さんがハッとした顔でこちらを見た。
「ごめん、暑かったね。気づかなくて」
何かの魔法の気配。ついですっと体感温度が下がった。涼しくて心地よい、秋の気候に一気に変わったような錯覚を覚える。
「ありがとうございます、お父様」
「いや、暑過ぎるのは体に良くないからね」
「こんな砂漠にいつまでも居るのは目立つから、とりあえず街の方を目指しましょうか。何か情報を掴めるかもしれないし」
菖蒲さんの提案に、皆が頷き街へ向かって歩を進める。街はもう見えているから近いかな、と思ったけど意外と遠い。疲れる。私の様子を見兼ねたのか、お父さんが獅子の姿を取った。
「夕理さん、乗って」
「え、いや大丈夫ですよ。目立つでしょうし」
「魔獣と思われるから大丈夫じゃないかしら。私も飛んで行こうっと。その方が楽だし」
菖蒲さんが青い鯉のぼりの姿に戻った。鯉のぼりが何の驚きもなく受け入れられる街なら、黒いライオンくらい造作もないだろう。屈んでくれたお父さんの背に、有難く乗せてもらう。
「薺さん。薺さんも僕の背に乗る? 君ならいいよ」
青緑の瞳を期待でキラキラと煌めかせながら、明陽さんもお兄ちゃんの服の裾をクイクイ引っ張った。
「え、あーちゃん。俺はこれ位平気……。いや、やっぱり乗せてもらおうかな!」
お兄ちゃんも恋人のシュンとした悲しそうな顔には勝てなかったようだ。黄金の獅子の背に、困ったように笑いながらフワリと飛び乗る。
「いいなー。さすがに竜は目立つかな」
「あら、竜は荷物や郵便を運ぶ役目で使われているから、普通に空を飛んでいるわよ」
タイムリーに力強い羽ばたきの音が聞こえた。頭上を見ると確かにたくさんの荷物を体に括りつけた竜が、優雅に空を飛んでいた。
「薺」
「はいはい」
お兄ちゃんが花楓くんに雷撃を浴びせる。すると、花楓くんの姿が変わり立派は体躯の竜が現れた。いつ見ても心臓に悪い変化の仕方だよな。
「白木は俺の背に乗っていくか? 1人だけ歩きとか辛いだろ」
「あら、有難いお誘いですわね。お言葉に甘えさせていただきましょうか」
白木さんは花楓君の背に乗る。竜の背に乗るお姫様。なんだかおとぎ話のワンシーンが目の前で展開されているな。
先導するように前を飛ぶ菖蒲さんに着いていきながら、砂漠を疾走する。私は背に乗せて貰っているだけだから、快適そのものだ。風が気持ちいい。
風が吹くたびに、どこか不思議な旋律が砂から聞こえてくる。まるで砂漠が音楽を奏でているかのようだ。
どこまでも続く荒涼とした、砂と大岩の大地。そして青空。どこか寂しさを覚える景色の中を、ラクダに荷物を括りつけて移動している商人さんたちは本当にすごい。お父さんの背に乗って砂漠を駆けているから、快適だし楽しいけど。申し訳程度にしか草が生えていない乾いた大地を、ラクダのスピードで進むとか相当の覚悟が必要だ。昔のシルクロードとか行きかっていた商人さん達もそれを思えば凄かったんだよな。そりゃ、商売で莫大な利益を得たってこれだけの苦労をしているのだから当然の権利だ。
あぁ、でもここがこんな砂漠になったのは愛良さんの呪いのせいだったっけ。前は草原が広がっていたらしいし、水場もあっただろうからもう少しマシな旅だったのかな。
10分ほど走れば、街の入り口となる大きな門に着いた。神様の足速い。人目の付かない目立たない場所で、お父さんたちは人型を取り直す。それから、私たちも隊商の列に間切り込んで街の中に入った。
大きな荷物を持った商人や旅人が行きかっていて、随分と活気がある。通りの頭上には日よけも兼ねているのか。植物の刺繍が施された、色鮮やかな布がはためていた。そして、広場の中心には目立つように砂色の塔が1本建っていた。
「夜に塔の天辺に火を灯して、砂漠を行く隊商の道しるべになっていたのよ。今も昔の名残で夕方から火が灯されるみたいだけどね」
「へー、旅の人にとってはとても大事な塔だったんですね」
砂漠の海を行く船を導く灯台か。
コンクリートの建物と日干しレンガの家々が連なる街は、なかなかの人手だった。様々な色の目や髪、肌の色を持つ人々が大勢いるためか、日本人顔の私たちを見ても特段驚いたような目は向けられない。あ、いやお父さんや明陽さん、白木さんに菖蒲さんのさすがは神様だと納得するしかない美貌に見惚れている気配はあるな。足を止めて見入っている人結構いるし。気持ちは分かる。
「この街は飛び込みの旅人なんか当たり前だから宿も多いの。だから比較的簡単に宿は取れるんだけど、おススメの宿があるからそこが開いているといいわね」
「おー、荷物置いたら飯にしない? 俺滅茶苦茶腹減ったんだけど」
「分かったわ。ここはお腹を空かせた旅人を見越して食堂も多いから。安くて美味しくてボリュームたっぷりの食事が食べられるわよ」
「なんて良い街なんだ」
菖蒲さんおススメの宿は丁度空きがあっため、難なく泊まることができた。深緑の屋根に白い壁の可愛らしい建物だ。内装もモダンで綺麗なのが嬉しい。
お部屋は3部屋取れたので、私は菖蒲さんと白木さんと一緒の部屋だ。夜は女子会が出来るね。なお、後の部屋割りはお父さんと明陽さん。花楓くんとお兄ちゃんの組み合わせで分かれた。
最初は、明陽さんはお兄ちゃんと一緒が良いと言っていたのだが。
「俺の可愛い可愛い宝物を、けだものと同室にさせるわけにはいかないな」
という、お父さんの魔王ごとき圧に明陽さんが折れ、今の部屋割りになった。まぁ、実の兄と同室というのも、何故かお父さんは見た事ないくらいしょっぱい顔を見せていたけど。お兄ちゃんと明陽さんが同室になるよりはマシだと思ったみたいだ。
荷物を置いて、皆で食事をとるために再び街に繰り出した。四方八方から肉の焼ける美味しそうな匂いが漂ってくる。ヤバイ、お腹鳴りそう。
「ここ、美味しいと評判の食堂だそうですよ。私も一度入ってみたかったのです」
白木さんの鶴の一声で、食事をとるお店が決まった。親しみある笑顔を浮かべたお店の女将さんは、私たちが初めてこの国を訪れたことを知ると、メニューに載っている郷土料理の説明を丁寧にしてくれた。女将さんおススメの食事を頼んで、まずはフレッシュな果実ジュースで喉を潤す。
運ばれて来た料理はどれも美味しかった。オアシス都市というのは本当なのだろう。料理には新鮮な野菜も多く使われてビックリした。スパイシーな味付けの肉料理は、本気で白米が欲しかった。絶対に美味しい。だが、この国の主食はシンプルな丸パンなので米はない。仕方がない。
食事を取っていると、食堂の女将さんが話しかけてきた。
「あんたたちもやっぱり祝福の木目当てで来たのかい?」
「祝福の木、ですか」
「え、まさかあの木を知らないでこの国に来たのかい? ツアーも沢山出ているから、時間に余裕があるなら是非訪れてほしいねぇ」
砂漠の真ん中に何千年も立ち続けているアカシアの木があるのだという。近くに水脈も何もなく、この木の他には当然他に植物はない。そのように乾ききった大地にあるこの木が何故ここまで青々と葉を茂らせているのか、理由は誰にも分からないのだという。
「伝説ではね。古代の強大な力を持った預言者が、その木の下で休んだお礼にその木を祝福したことで、アカシアの木は2000年以上あの砂漠の中でも枯れずに生きていく事が出来ているんですって」
それは、有り得そうな話ではある。
「それでね。迷いがある人がその木を訪れるとね。訪れた人に今必要な、預言者からの有難いアドバイスがその木の幹に刻まれているんですって。私も昔友だちと行ったけど、見る人によって本当に木に書かれている言葉が違ってビックリしてしまったわ。伝説は本当なのかもしれないって思ったの」
「それは大変興味深いですね」
お兄ちゃんの言葉に私もウンウン、と頷く。
観光している場合では無いのは重々承知しているが、その木が私は無性に気になった。
だから、深夜こっそり宿を抜け出してその木まで向かった。転移魔法って本当に便利だな。
満天の星空の下、生い茂った緑の葉を風に揺らす木があった。これが祝福の木。
「Astra inclinant,sed non obligant」
アカシアの木の幹には確かに言葉が刻まれていた。頭の中には自動で翻訳された言葉が出て来る。
『星は私たちの気を引くが、私たちを束縛することはない』
そうだね。運命は決まっていない。こんな結末が嫌だと思えば、私は私の全力をもって抗えばいいだけだ。
背中を押された気がした。目を閉じて数秒。覚悟を決める。
「天使様、いますか。頼みたいことがあるのです」
呼べば来るという確信はあった。その確信は裏切られることはなく、銀髪の美丈夫が私の隣に立っていた。




