神秘が目覚めし、琥珀の夕映え
え、いや天使様と戦うとか普通に嫌過ぎるんだけど。ずっと天使様には自分は敵だと言われ続けていたから、いつか戦う事になるかもしれないとは予見していた。覚悟もしていたはずだ。
だが、いざ実際にそうなってみると、私はただ戦う覚悟をしている『つもり』だったのだと思い知らされる。天使様に剣を向けられるのが、こんなにも悲しくて辛い。ずっと仲良しでいたかった。
「なんで……。私は嫌です」
天使様が一瞬、泣きそうな目を向けた。しかし、すぐに彼は無表情の仮面を被る。
「俺は命令には従うしかない。だから、戦う意思がないというのなら、無抵抗で俺に殺されてくれますか?」
それも出来ない。私は家族や友だちに愛されている自覚がある。神として、彼らを悲しませることなどできない。それにそもそもの前提として。
「私、神様だから死ねないよ」
正しくは半神だが、それでも寿命という概念からは外れた存在だ。だから、天使様が持つ私に死んでほしいという願いは叶えられない。
「それはどうでしょうか」
天使様か私の隣を青い閃光が駆け抜けていく。根源的に覚える死の予感に背筋がヒヤリ、とさせられた。
「俺は神を殺せる力を持つんだ。機械仕掛けの神が暴走した際の処分が主な任務だから」
無感情な声音。はっきりとした、冷えた殺気に口角が上がる。無理にでも笑っていないと、気落とされそうだ。
久しぶりに眼鏡を外す。普段、無理やり抑え込まれていた魔力が解放されるのは気分が良い。
「どうしても、天使様と戦わないといけませんか?」
「戦闘は必須ではありません。大丈夫、苦しませずに死なせてあげる」
天使様が顔を歪める。今にも泣き出しそうな子どもの顔に見えた、星空の瞳にはわずかに悲しみが浮かぶ。天使様も本心では私の処分などしたくないのだろう。敵だと言われ続けていたが、私に向けてくれていた優しさは本物だった。
「私は貴方に殺されてあげる訳にはいきません」
真っ直ぐに目を見て宣言する。愛良さんを助けなければいけない。リボンが槍に変化する。
「貴方のお相手をするのなら、万全の体制でなければ失礼ですから」
魔力を滲ませて笑ってやる。私は神を救う為に生まれた神だ。ハッピーエンドでなければ認めない。だから、今は天使様に勝たなければいけない。彼がとても強いことは分かっているけど。
「私か貴方が倒れるまで、戦いましょう」
槍を引っ掴んで天使様に向かって投擲する。あっさりと剣で防がれたが、この槍は意思を持っているため執拗に天使様を追いかけ続ける。私は天使様を捕まえるために魔法をつむぐ。
地面から蔓が伸びて天使様の身体を拘束するために動くが、蔓は全て焼き払われてしまった。
「やっぱり、そう簡単には捕まえられませんねー」
「また武器が増えたんだね。君は本当にたらしだな」
この言い方。槍の出どころも気づかれているんだろうな。槍の攻撃を涼しい顔でいなしつつ、私にも雷撃魔法が放たれた。雷撃を身体の周辺にシールドを張って防ぐ。この威力なら防ぐのは難しくない。なんだか手加減されているような。それが妙に悔しくて、無意識に頬を膨らませてしまう。
私を殺すには手ぬるすぎる。
風の魔法を放って、天使様の動きを止めようとする。だが、この魔法も消去されてしまった。槍は、私が天使様を傷つけたくないと言う意思を汲んで、加減しながら戦っている。だが、天使様は槍を壊す事には抵抗が無いのか、槍自体には強烈な攻撃魔法をお見舞いしている。やっぱり強い。このままじゃ、槍の方が危ない。
「リボンに戻って!」
私が命じると、存外素直にリボンに戻ってくれた。自分から私の髪へと結ばれてくれる。ただ、私が危険だと思ったらすぐ出るぞ、という圧は感じた。
天使様は一瞬戸惑った顔をしたが、すぐに私に向かって水で出来た竜を差し向けてきた。なんか格好いいなその魔法! 感動してしまうが、寸でのところで水の竜を熱して全部水蒸気に変えてしまう。
「どうして槍をしまったの?」
「この槍に対しては、天使様は手加減しないみたいですから」
ニッコリ笑って言っておく。私の声音に若干の非難が混じっているのは分かっているのか、天使様はちょっと顔を反らした。
やはり星空の瞳には迷いが見える。天使様の優しさを利用するのは心苦しいが、どうにかしてこっちの仲間に出来ないかな。色々とこの世界の情報や、愛良さんを捕えている組織について、有益な情報をもたらしてくれるのは確実だ。ぶっちゃけ仲間にして、これほど心強い戦力はいないと思う。
「世界樹を蘇らせることになんの不都合があったのですか? 世界樹が枯れると、この星は遠からず滅びを迎えるのでしょう?」
「この世界を崩壊させるのが、俺の主人の望みだからね。でなければ、マナ様を解放できない」
白木さんのお名前が出て来た。やはりそうか、と心で頷く。天使様のご主人様は、白木さんの姉である鴻池さんで間違いないようだね。
「なにもこの星を滅ぼさなくてもいいと思います。さっさとこの星を見限って逃げればいいじゃないですか」
「それが出来るならとっくにそうしているさ。マナ様は特に重要な神格を有する神だ。本来なら地球へ行く許可などとても下りない。厳重に神殿の中で囲われて守られていなければならないお方だ」
白木さんって確か魔術の神なんだよね。妹がそんな一生閉じ込められるような生活を送らされたら、それは世界滅ぼすかってなるのかなー? 私だったら、一緒に逃げようってなるけど。
うん。でも、うちのお兄ちゃんもちょっとやりかねない危うさがあるな。これが、長子と末子の性格の違いってやつか。気づきたくない事実に気づいてしまったな。
なにか契約があるのなら、うちの家宝の力でなんとかなるかもしれない。
「世界樹を甦らせた私は、鴻池さんにとってはとんでもない邪魔者のようですね」
そこで、ふと思う。世界樹を甦らせた私に殺意が向くのなら、世界樹の守護者たる森の精霊王様はもっと邪魔じゃなかろうか。
明陽さんは、精霊王様が眠り続けていた原因は呪いだと言っていた。眠りの呪いをかけて、世界樹に魔力を送れないようにしていたのなら。
魔力を解析したさい、呪いの元は鴻池さんではなかった。目の前の天使様の魔力もとても強い。精霊王様の魔力も凌駕している。彼なら精霊王様を呪うことも可能だ。そして、彼は鴻池さんに仕えている。
まさか。
「森の精霊王様に眠り続ける呪いをかけたのも、天使様ですか?」
天使様は静かなまなざしで私を見つめる。
沈黙が答えだ。私は深々とため息を吐く。天使様はそっと目を伏せた。
「お話は終わりだよ。悲しいけれどお別れだ」
北斗七星が刻まれた剣が煌めく。その光景はあまりに神秘的で美しい。剣を掲げた天使様の姿って、私よりよほど神様らしいな。
再び槍に変化しようとするリボンを握って止める。やっぱり私は天使様と傷つけたくはないよ。なら、他の方法を考えるだけ。とある佐藤家の家宝を召喚しようとしたところで、私と天使様の間に金色が割って入った。
「姫様、こういう時こそ我を呼ばないとダメですよ!」
金烏さんがふわりと元の剣の姿に戻る。しまった。金烏さんに気付かれた。なんとか穏便に済ませる方向で話を……。天使様もなんで急に好戦的な表情になるの。金烏さんと戦うのは嬉しいのか!?
そこでゾクリと背筋が震えた。とんでもない殺気に、身体が自動的に戦闘モードに入る。まさか、まだ敵が!
天使様もハッとした顔をすると、剣を構え直す。
「俺の大事な大事な妹に何をしようとしたのかな」
目が笑っていない、超絶笑顔のお兄ちゃんが音もなく現れた。いや、怖い! 久しぶりに殺人の神としての本性が出てないか!
当たり前のように私はお兄ちゃんの後ろに庇われる。
「良かった。ケガはしていないみたいだね」
まだお父さんじゃなくて良かったけど、面倒なお兄ちゃんが来てしまうとは。天使様の命は私にかかっている!
私は拳を握り、お兄ちゃんへの交渉に向けて気合いを入れた。




