野辺に歌う黒百合
何処からか歌声が聞こえてくる。その歌に導かれて、夢の世界から現実世界に意識が戻ってきた。こんな夜中に誰が歌っているのだろう。好奇心が刺激される。でも、人の家で惰眠を貪るわけにはいかないから夜は寝なきゃ。
寝返りを打って窓に背を向けるが、私を呼ぶような歌声が更に大きくなり全然眠れない。
澄んだ甘やかな歌声はとても綺麗だ。森の妖精さんが歌っているのだろうか。妖精の音楽会。脳裏に素敵なイメージが浮かぶ。
私は神だから、普通の人間ほど睡眠時間を必要としない。
脳裏で天秤がぐらぐらと揺れる。だが、好奇心が勝った。
窓の外では黄金の満月が輝いている。この分なら夜の道でも歩きやすい。
ベッドを降りて、寝間着から動きやすい格好に着替える。それからちょっと考えて、森の精霊王様から頂いたリボンを髪に結ぶ。この森でのことなら、精霊王様のリボンが有効かもしれない。
なお、金烏さんとリボンはお互い全力をつくして徹底的に戦かったのが良かったのか、戦いのあとは妙な友情を築いていた。互いにわだかまりはもう無いようだ。良かった。
まだ歌声は聞こえている。誰にも見つからないように、そっと部屋を抜け出した。
誰にも会わずに上手く屋敷の外に出られた。ホッと胸を撫で下ろす。特に心配性なお兄ちゃんに会ったりなんかしたら、お叱りの言葉と共にお部屋に連れ戻されていただろうからね。幸運に感謝だ。
月明かりに照らされた夜の道は、厳かな美しさがあった。森の木々が月の光を浴びて青白く輝く。不思議だ。遠くフクロウの鳴く声がする。フクロウの声、初めて聞いたな。
「歌が聞こえる方向はこっちだよね」
初めて通る道だ。道の両脇に一面に咲く白い花が、月光に青白く輝いて綺麗だ。その美しい風景と、綺麗な歌声に誘われて、自然と歩調が速くなっていく。一体誰が歌っているんだろう? 若い女性の声だけれど。背中に蝶の羽を生やした、金髪碧眼の精霊の姿を思い浮かべる。童話の世界が目の前に! 私も歌うことは大好きだから、仲良くなれないかな。
小道を抜けると、大きな原っぱが広がっていた。歌が一段と大きくなる。でも、人影は見えないな。目をこらして小さな精霊の姿も探すが、いないようだ。
キョロキョロと辺りを見渡す。歌の出所はここなんだろうけどなー。耳を澄ませて、草原を歩いていく。
「あれ、クロユリだ。珍しいね」
高い山に咲く花だよね。暗紫色の百合に似た花は、夜が似合う妖しい美しさがある。でも、確かクロユリって夏に咲くじゃなかったかな。
いや、ここは神域みたいな場所だから、花が咲く時期とかは特に関係ないのかな。私の神域も、常に春の気候になるよう設定してるから四季はないし。
このクロユリのそばが一番歌声が大きいんだよな。試しにクロユリから離れると歌声が段々小さくなっていく。人がいる気配はないんだよな。妖精が隠れているのか? 瞳に魔力を宿らせて周りを見るが、目に映る景色は変わらない。
と、いうことは。まさか、この花が歌っているのか。妖精がいる星だし、歌う花があってもおかしくない。しゃがんで、試しにクロユリに耳を近づける。やっぱりそうだ! このクロユリが歌っている!! おとぎ話に出てくるような、こんな可愛い植物が本当に存在するなんて。さすがは精霊の森だわ。
『大事な方と離れてしまったのですね』
ふいに歌が止まり、変わりに鈴のように澄んだ声音が聞こえた。ビックリしてキョロキョロ辺りを見渡してしまう。
『私ですわ。目の前のクロユリです』
「クロユリさんだったのですね! はじめまして。私は佐藤夕理といいます」
『ユーリさん。可愛らしい貴方にぴったりのお名前ですね』
「ありがとうございます」
褒められて照れてしまう。
『先ほども申しましたが、ユーリさんが私の歌声を聞くことが出来たということは、貴方の大事な方に危機が迫っているのではないですか?』
頭の中に愛良さんと、そして何故か天使様の顔が浮かんだ。天使様はお兄ちゃんを間接的に傷つけた敵なのに、私はまだ彼のことも助けたいと思っているみたいだ。それはそうか。簡単に嫌いになれるくらいの想いなら、ここまで辛くはならなかった。
「そう! そうなんです!! なんで分かるのですか?」
『私はとある悲劇の恋人たちを救うために、魔術の神に生み出された愛の花。だから私を必要とする方にしか、私の歌声は聞こえません』
どうやら恋人でなくても大事な相手であれば、クロユリさんの歌を聞くことが出来るようだ。愛の守備範囲が広い。
「精霊王様から武器を賜るとは。貴方は随分と心根が綺麗な方なのですね。私を使うのがユーリさんで良かったです」
「あ、いや。これは棚からぼた餅的に取ったというか、漁夫の利的に来たというか。そういったもので……」
『謙遜は必要ありませんよ。その武器は真に精霊王様の信頼を得なければ、決して手に入れることは出来ませんから』
明陽さんの頑張りあってこそだから、本当に謙遜とかじゃないんだけどな。
『私をその武器の糧にして下さいな。きっとお役に立ちますよ』
そう言うとクロユリさんが眩い光に包まれた。それに触発されたように、髪に結んでいたリボンが独りでに解ける。
リボンがクロユリさんの前をふわふわと漂う。すると、クロユリさんがリボンに吸い込まれるようにして消えた。私の手に戻ってきたリボンには、高貴な黒が美しいクロユリの刺繍が新たに増えていた。
わー、なんかパワーアップしたな。戦力は増えるほうが良いから、嬉しいけど。
さて、歌声の理由も分かったし。家族にバレないうちに帰ろう。髪にリボンを結び直して帰り道に足を向けた時だった。
「まさか、夕理ちゃんがここに現れるとは。最初に世界樹に目をつけるとは抜け目がないね」
見惚れてしまう、星空みたいな金をまぶした藍色の瞳。今は短くなった銀の髪。清廉さを感じる神秘的な美貌。
「天使様……」
「世界樹を甦らせたのはやっぱり夕理ちゃんだったね。そうでなければいいと思っていたけど」
悲しそうな声音。何か言わなければと思うのに言葉が出てこない。
「ごめんね。君を処分しないわけにはいかなくなったんだ」
いつか見た、北斗七星が刻まれた剣が私に向けられた。




