決着
「戦いはだめです。落ち着いてください!」
私は冷や冷やしながら2人の間に割って入る。
「夕理さんが優しいのは知っているけど、こいつはここで殺すしかない。彼は敵だ」
後々の憂いを思えば、その判断は正しい。
「で、でも。天使様に色々と聞きたい事もあるし」
なんとか天使様の有用性を示しさねば。殺人はちょっと待って、とお兄ちゃんに訴えかける。
「もちろん。敵の情報を色々もっているからね。今はまだ捕えるだけだよ」
「よ、よかった……」
だが、まだ安心はできない。いざという時になったら、私の神域に天使様を匿おう。天使様の身の安全は確実に保証できる。
「殺すのは、拷問して知っている情報を洗いざらい吐かせてからだ」
「それ、完全に悪役のやり口ですよーーーーーーー!!!!!!」
普段、お兄ちゃんがここまでブラックなことを私の前で口走ることはない。思った以上に怒っていらっしゃるな。ビックリして、思わず大声でツッコミを入れてしまう。
「だって俺だけなら別にいいけど、夕理さんまで傷つけようとしたなんて許せない。絶対に殺す。殺してやる。もう決めた」
「わ、私はこの通り怪我一つしていませんから。お兄様がお怒りになられることはありませんよ」
でもなー、正直お兄ちゃんがここまで怒ってくれるのはちょっと嬉しい気もするから、強い口調ではどうしても怒れない。それだけ私が大好きってことだろう。
それに実際問題、お兄ちゃんを刺した鴻池さんに対して私はかなーり怒っているし。鴻池さんを前にして私が冷静でいられるかどうかも分からない。だから、私も人のことは言えないのだ。
「佐藤薺くん、でしたよね。何度か会った際に随分と優秀な剣の使い手だと思っていたんだよ。一度お相手願いたかったから調度よかったかな」
天使様も好戦的な表情で笑わないでほしい。穏便に事を納めたい人の気も知らないで!
でも、その顔も格好いいから何も言えない。心臓がドキドキと音を立てる。
「いいよ。でも、まず妹をここから帰していいか? 夕理さんを戦闘に巻き込みたくない」
「それは許可出来ないね。俺が今日ここに来た目的は、夕理ちゃんの殺害だから」
「は? いま何つった?」
天使様も天使様でなんで自分の寿命を縮めるようなことを言うのだー!!! こんなに怒っているお兄ちゃんとか見た事ない! お兄ちゃんの殺気に当てられたのか。金烏さんも私の隣でスマホのバイブレーションの如く震え出す。よしよし、私が隣にいるから大丈夫だよー、とその頭を撫でてやる。
お兄ちゃんが無言で生弓矢を取り出した。弓をつがえて天使様を狙う。殺意MAXじゃないか!!!
「お兄様、どうか落ち着いてください!!!」
「夕理さんには辛いことだろうけど、彼は敵だ。生かしてはおけない。金烏は夕理さんを連れて逃げろ!」
言葉が通じない暗殺者が相手なら、私だってその命を奪うことに躊躇いはない。だが、相手は天使様だ。彼の星空の瞳に浮かぶ迷いを見て取れば、交渉の余地は十分にあると思う。
それに、前提として私は大好きな二人に殺し合いをしてほしくない。だったら私の取るべき手段は。天使様を神隠しするしかない! 最終手段だが仕方ない。そう覚悟を決めたところで、金烏さんが脳内に直接言葉を伝えて来た。
「確かめたい事がある。姫様は辛抱してここを動かないでください」
南斗六星が刻まれた、金色の剣が真っ直ぐに天使様に向かう。お兄ちゃんが察して弓矢を下ろす。てっきり天使様は剣で応戦すると思ったのに。何故か持っていた剣を放り投げた。そのまま、剣が天使様の胸を刺し貫く。―――その直前で止まった。
「やっぱりな。お前、最初から殺されるつもりで来たんだろう」
「貴方ならこちらの挑発にすぐに乗って頂けると思っていたのですが。存外思慮深い鳥のようですね」
「お前我を馬鹿にしてんのか」
「失礼。愛良様が仰っていた貴方に関する評価がその……」
「あー、原因はあのクソ神かよ。なら仕方ないな」
金烏さんの姿が解けて、三本足の烏の姿に変化する。お兄ちゃんもまだ警戒心はぬぐえないみたいだが、それを見て生弓矢から流星刀に得物を持ち替えた。
「どうして……そんな……」
天使様が私に対して本気出していなかったのも、私に殺されるためだったのかな。私は●●の神だから、彼を殺せばその命は私にとって大きな糧になる。より強大な力を振えるようになる。天使様がそのことを知っていたのだとしたら。
「俺は夕理ちゃんと薺くんには借りがある。でも、俺に刻まれた契約のために貴方達の味方になることも出来ない。だから、貴方達にあげられる物は俺の命くらいしかないんですよ」
推察を裏付けるように、とっても悲しいことを言われた。私はそんなつもりで彼と仲良くしていたわけではない。
「今はまだ自分の意思で動けているけど、これもそろそろ危ない。どうしても、マオ様には疑われてしまっているから。今日が最後の機会になるでしょう」
「お前は所詮は作り物の神だからな。創造者の意志に反するような行いをすれば、それはプログラムごと書き換えられてしまうか」
「そうですね。あぁ、最後だから貴方達が望む情報もお話しますよ」
「天使様は、それでよいのですか?」
信じられなくて、思わず天使様に問いかける。
「俺は彼らの操り人形になるなどごめんです。だから俺を想うなら貴方の手で殺して」
覚悟をたたえた静かな顔。星空を閉じ込めた瞳が例えようもないほどに美しい。この理性的な瞳が、優しさが、私に注がれる愛情が、失われるのが怖い。あぁ、嫌だ。
「夕理さん、辛いだろうから無理はしなくていい。必要な話は聞いておくから、もう帰りなさい」
お兄ちゃんが気遣わしげに私の頭を撫でた。金烏さんもそっと背中を押してくる。
「そうですよ。姫様はそんなことしなくていい。代わりに我がさっさと片付けてきます」
私には無理だと決めつけて、どいつもこいつも勝手な事ばかり言って。私は神だ。神は本来自分勝手で我が儘な存在だ。なら私だってやりたい事をさせてもらう。
心の中、カチリとスイッチが切り替わった。
「お兄様、流星刀を貸してくださいな」
「え、夕理さん!?」
まどろっこしい。強引にお兄ちゃんの手から流星刀を奪い取った。天使様の前に立つと、彼は淡く微笑んだ。
「それでいい。これが一番貴方の役に立てる」
「いいんですね。私のものにしちゃっても?」
天使様は静かに頷いた。よし、言質は取った。私は刀を構える。
「さようなら、俺の愛しい小さな神様」
そっと呟かれた最期の言葉を刈り取る様に、流星刀は天使様の首をはねた。




