ご機嫌になる、メロンケーキの魔法
「そんなに警戒なさらないでください。といっても私の姉とその従者が貴方がたにしたことを考えれば無理な話ですね。……立ち話もなんですから、どうぞこちらへ」
白木さんが踵を返し、奥の部屋へと向かう。私も彼女について行こうとしたが、肩を掴まれて止められる。見れば、お兄ちゃんが無言で首を振った。その脇をすり抜けて、花楓君が面倒くさそうな顔でスタスタと白木さんについて歩いて行く。
「危ないから、軽率に動かないの」
ポンっと軽く背中を叩かれた。花楓君の後に続けということらしい。私の肩にずしりとした重みが来る。肩に載った金烏さんの温もりを有難く思い、一撫でしてから私も歩き出す。その後に続いて、お兄ちゃんが私の後ろについた。
白木さんに案内された部屋は、金とクリスタルの巨大なシャンデリアが照らし出す随分と豪華なお部屋だった。宮殿の一室じゃん。お姫さましか許されないような部屋だよ、これ。
窓からは中庭が見え、地面には色大理石を組み合わせて敷き詰め、可憐な白い百合の花が堂々と咲き誇っていた。私の名前の由来ともなった花だな。あ、窓枠のデザインも百合の花がモチーフになっている。この世界でも、結構神聖な花扱いなのかな。
中央の、白いテーブルクロスが敷かれたテーブルにはお茶とケーキのセットが準備されている。瑞々しいメロンがたっぷり載ったショートケーキ! え、これ食べていいのかな?
「少しお腹が空いていらっしゃるのではないですか? どうぞお召し上がりになられてください。あ、勿論毒などは入っておりませんよ」
「ありがとうございます。ですが、利害関係にあるはずの貴方がどうしてこんな真似を」
「白木さんは私のお友達ですよね?」
疑惑を隠さないお兄ちゃんの問いかけを遮る。
警戒してテーブルに近づこうとしないお兄ちゃんたちを置いて、私はさっさと赤い椅子に座る。魔力を使ったあとは甘いものが欲しくなるから助かる。うわー、しっかしこのクッションふかふか。これ絶対高級品だ。
目の前には美味しそうなケーキが食べられるのを待っている。私は躊躇うことなく、用意されたケーキを一口食べる。
生のメロンはすっきりとした甘さのメロン果汁を届けてくれて、砂漠を歩いて火照った身体に果汁が染み渡る。オレンジががかったクリームも濃厚なメロンの味が口一杯に広がった。まろやかでふわりとしたクリームだ。軽い食感のスポンジは甘さ控えめでメロンの味を邪魔しない。まるで雲を食べているみたいにフワフワ。
総合的にはあくまで、メロンが主役のケーキだ。素材の味が活きている。これ、めっちゃうまい! 愛良さんに食べさせたかったな。絶対に喜ぶ。遠い惑星に誘拐された恨みも絶対消える。あとで白木さんにお願いしてみようか。お小遣いからケーキのお金は出すし。
夢中でケーキを頬張っていたが、最後の一口を飲み込んだところで我に返る。ハッとして周りを見渡せば生暖かい視線にぶつかる。お兄ちゃんたちったらいつの間にテーブルに着いていたの?
「本当、薺の妹だけあって豪胆だな」
「佐藤さんは変わらず私を信じてくれるのね。とても嬉しい」
その笑い方は教室でよく見ていた白木真愛としての笑顔と同じだった。安堵だろうか。無意識に体に入れていた力が抜ける。
私は神としての権能のお陰もあってか、憎しみやこちらを騙そうとする意思などの負の感情の発露には聡く出来ている。でも、白木さんには私から見ても私たちを害そうとする意志をまるで感じなかった。
私が警戒していないことから、お兄ちゃんたちも本気で白木さんが敵になるとは思っていないのだろう。だが、どうしても用心する気持ちが拭えないというところか。ま、お兄ちゃんは白木さんのお姉さんに散々痛めつけられているのだから当然だ。その事に関しては、是非とも妹として鴻池さんとお話がしたい。事と次第によってもよらなくても許さないからな。
「で? わざわざ鴻池の妹だっていうあんたが出てきた理由はなんなんだよ?」
「姉の計画を阻止したいのです。そのために必要なことですから、私は愛良様をお救いする手助けが出来ます。愛良様が囚われている場所にも案内しましょう」
それは渡りに舟な提案だ。愛良さんの居場所も分からない身としては大変有難い。だが、他はそうは思えないようだ。
「ただでさえこれから危ない橋を渡らないといけないのに、白木に後ろから刺される心配までしないといけないとか無理なんだけど」
「計画を阻止って。鴻池さんはこの世界を救うために愛良の力を必要としていたんだよね? それを何故この世界を守護する神の一柱であるはずの君が邪魔をするの?」
探るような視線を正面から受け止めても白木さんは涼しい顔だ。冷静に言葉を紡ぐ。
「世界を救うですって? まさか。姉は最初からそんなつもりなど欠片もありませんよ。むしろ自分たちを産み出したこの世界を憎んでいさえします」
「それは、一体どういうことですか?」
「姉の計画の全ては、私を神としての役目から解放することを目的に動いているのです」
そこで茶目っ気を含んだ瞳が私を捉えた。
「佐藤さんも同じ悩みがあるのでは。年上のきょうだいは、何故か年下のきょうだいの為に犠牲になることを選ぶのが多いって。私は全くちっともそんなこと望んでいないのに」
心当たりが有りすぎる。
首を縦に大きく振ってお兄ちゃんのほうを見る。その理由を示されれば、私は100%白木さんを信じるしかなくなる。お兄ちゃんはあからさまに視線を反らした。
「今、世界が砂に飲み込まれているこの現象はそもそも鴻池さんが望んだことだと?」
あ、分が悪いと悟ったのか。話題変えやがった。
「えぇ、そうよ。私がこれ以上負担を強いられなくて済むように、姉は世界を滅ぼそうとしているのです。荒ぶる神の怒りを利用して」
「え、そんな聖人みたいな姉、この世に存在するのか」
「道理で説得が全く意味を成さない訳だ。最終的に世界が燃やし尽くされること、それこそが彼女の望みだったのだから」
花楓君は信じられないとばかりにしきりに首を振る。兄は思うところがあるのだろう。盛大なため息を吐くと、ドッと疲れたかのように椅子の背もたれに身を預けた。
「末っ子二人がタッグを組む展開になるかー。あちら側の事情に通じた協力者を引き込めるなら有益か」
「夕理さんに対して害になるようなら容赦しないからね」
お兄ちゃんは能面みたいな無表情で淡々と告げた。美人の真顔は威圧感が凄い。
「私は、私のことを信じてくださる相手は裏切りませんわ」
キッパリと白木さんが宣言する。
「それに、この惑星に滅んでもらっても困るのですよ。私はこの世界を愛していますから」
そこで、私はある可能性に気付いて背筋を凍りつかせる。
「でも、白木さんのお姉様の計画通りに進んでもし愛良様がこの世界の住民を皆殺しにしたとしたら。殺されたことによる生物の怨嗟を彼が一身に受けることになります。そしたら、愛良様はいよいよ神に戻れなくなる。正真正銘の化け物になります」
私の浄化の力をもってしても、そうなってしまえば救済は無理だ。愛良さんを殺してあげることしかもう彼を解放する術がなくなる。そんなのは嫌だ。優しい優しい彼のままでいてほしい。今度こそ幸せにするんだ。でないと、私が生まれてきた意味さえも消え去る。こうしてはいられない。
「白木さん、愛良様のところにすぐに案内してください! 私は彼を助けに行かないと!」
「勿論そのつもりよ」
勢いよく椅子から立ち上がった私に、白木さんは慈愛しかない女神の笑みを向けた。




