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野良猫(仮)のあきらめは悪い!  作者:
第5章  裁きの女神と黒百合の剣編
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異世界への誘惑 緑の森の奥の岩屋へ      後編

 高千穂峡というのは、テレビで見た滝のことだと私は勝手に思っていたが、実際はかなり広くて見どころも多かった。

 なんか、すみませんと自分の勘違いを恥じながら地図を見る。うわ、淡水魚の水族館や水車小屋なんてのもあるんだ。本当、渓谷内を歩きながら一日中ここで楽しめちゃうな。

 道は歩きやすいように整備されていたので、苦も無く緑が鮮やかな森の中を歩いて降りる。コースは只管道を下っていくルートで、最後にあの一番有名な真名井(まない)の滝が現れる。やっぱり主役はシメを飾るんだな!


「大正時代の石造りの橋なんて、やっぱり趣がありますね」


 最初の見どころである橋に着いた。そこから渓谷を覗けば、深い青緑色の美しい水面が遥か下に見える。


「ここ、一番深いところで水深が10メートルは有るんだって」


「わー、人が落っこちたら大変ですね!」


 でも、サスペンス映画のクライマックスを飾りそうな景色が眼下に広がっている。

 巨大な岩が連なり、その間を縫うように川が流れている。水音が心地いい。


「もう少し下におりたら、大正と昭和、平成にそれぞれ掛けられた橋が一同に見える場所があるんだって」


「あー、なんか下に岩に登ってこっちにカメラ向けて撮影してるのが見えますね。あそこか」


 人の波に従って、小道を降りていく。時代ごとの三本の橋が綺麗に見える場所はフォトスポットになっているようで、数人が大岩に登って橋に向かってカメラを構えていた。うーん、でも行列だし並んで待つほど橋の写真を撮ることに興味はないので、行列を横目に先に進むことにした。

 本当に川の流れる音が癒される場所だ。見上げるほどに大きな岩山の荒々しい岩壁も、雄壮で絵になる。観光地として人気になるのも、頷けるな。

 どんどん進んでいくと、川にボートが浮かんでいるのが見える。ボートでの川遊びなら、滝が近くに見えから一石二鳥で素敵かもしれないと思うのだが。


「夕理ちゃんもボート乗る?」


「いえ、遠慮しておきます」


 キャーキャーと観光地にあるまじき悲鳴と、ボート同士がぶつかる大きな音が聞こえる。そんなホラーなアトラクションだっけ? ボートってもっと楽しいものだと思っていたけど、操作が難しいのね。不器用な私では他人に怪我をさせそうなので遠慮しておこう。

 そうして、ついに現れました。真名井の滝! 観光客もこの滝は撮っておかないといけないと思っているようで、滝がよく見える展望台は混んでいた。それでも、順番に並んでやっと渓谷に流れ落ちる雄大な滝の姿を見ることが出来た。眩しい緑と川の美しい青の間を繋ぐように流れる滝って素敵だな。


「綺麗ですねー。写真撮らないと!」


 これは、家族に見せてあげたい。


「夏の今は、夜間はライトアップされているみたいだよ」


 そういえば、遊歩道にも竹灯籠が設置されているもんな。昼とはまた違った美しい姿を見ることができるだろう。

 夜の闇を裂いて流れる、光に照らし出された滝の姿を思い起こしその幽玄な姿にほうっと息を吐く。そうだ。私の神域には滝が無かったな。素敵だから、自分の神域にも滝を作ってみよう。きっと素敵なはずだ。

 人が多いから撮影もそこそこにして次のスポットに向かう。道の先には水鳥が憩う大きな池と水車があった。

 かつて神社があったのだという池には真ん中に祠があり、池の中を優雅に鳥や鯉が泳いでいる神秘的なものだった。


「やっぱり、天使様は鳥に好かれますね?」


「君の烏には蛇蝎(だかつ)のごとく嫌われているけどね」


 池で泳いでいた鳥さんが陸に上がって天使様を囲み始める。周りの観光客は可愛い、可愛いと写真を撮っていた。その気持ち、よく分かるよ。私もこっそり写真を一枚撮らせて頂いた。

 キョロキョロ見ていると、鯉の餌を発見した。お、餌やり。私、こういうの大好き。いそいそと餌を買って投げてみるのだが、観光客がたくさん餌をあげている為にお腹が空いていないのか一向に食べてくれない。ま、とりあえず餌を撒いておけば夕食には食べてくれるかも。


「うーん、残念だな」


 無意識に呟くと、いままで我関せずでこちらを見ずに泳いでいた鯉が、ハッとした顔をして一斉にこちらを見た。いやなんで、そんな驚愕してるの?



 鳥さんも何故か顔を焦らせると一斉に餌を食べ始めた。そんなしんどそうな顔して無理に食べなくてもいいんだよ! あと、これ鯉の餌だから鳥さんはそもそも食べなくてもいいんだよ! 別に私に気を使って都合の良い存在にならないで‼


「やっぱり君は神様なんだね」


 天使様からの畏怖が混じった視線が痛いです。




 水族館の向かいにある売店で、日向夏ジュースを買って滝を見ながら二人で飲む。喉が渇いていたのであっという間に飲み干した。美味しい。が、腹に何か入るとご飯も食べたくなってしまう。

 そこで、私の心を読んだかのように天使様が昼食にしよう、と提案してきた。やった! やっぱり、旅の醍醐味は美味しい食事だよねー‼ あれ? 天使様はなんで癒されたって顔で私の頭を撫で始めたんだ。







 昼食は高千穂峡の入り口近くに有る、古い庄屋の家を改装した和食レストランだった。ここ、夜は観光客向けの神楽も上演しているらしい。ちょっと見てみたいかも。勇猛なお顔をした迫力ある神楽の等身大人形が玄関前に飾られていた。

 お店に入り、下駄箱に靴を入れる。家は洋風建築だから和室はない。畳の床って新鮮だな。神楽面や衣装、神棚などが座敷の奥に展示してある日本家屋だが、意外とテーブル席だった。畳の上にテーブルセットってちょっとシュールだね。外国人のお客様とかもいらっしゃるからかな。


「どうする?」


「やっぱり宮崎に来たなら、チキン南蛮が食べたいですよね!」


 というオーソドックスな気持ちでチキン南蛮の定食を頼んだのだが、結果的にこれが当たりだった。

 まず煮物がかやぶき屋根の付いた日本家屋の器に入っているのが可愛い。中の煮物もよく味が染みていて、ちょっと甘めな味付けも新鮮で良い。出汁巻き卵や煮豆も美味しかった。

 お味噌汁は普段馴染みがない赤みそが使われていた。赤みそを使ったお味噌汁って、家は白みそ派だからこういうのを食べると外食してるって感じがするよねー。でも、ホッとする味わいだ。一日に一回は味噌汁飲みたくなるのってやっぱり日本人だからかな。

 鶏肉やニンジン、ゴボウが入った炊き込みご飯も、ついついお箸が止まらなくなる。

 そして、一番楽しみにしていたチキン南蛮は、何が普段福岡で食べているチキン南蛮と違うのかよく分からなかったが、それでも本場のチキン南蛮だという味わいがあってとても美味しい。なんか、あっさり食べられるし鶏肉が柔らかい。

 くそ、もうちょっと繊細な舌の感覚を持っていたらもっといい感じに、料理レポート出来るのに! と悔しくなる。


「夕理ちゃんは、本当に美味しそうに食べるよね」


 微笑まし気な天使様に、私もとびきりの笑顔を返す。


「実際、美味しいですから! 特にチキン南蛮が本当に美味しいです!」


 催促するつもりではなかったのだが、天使様がチキン南蛮を一切れくれた。嬉しいから有り難く頂くけどね!


「そういえば、このお店天井に不思議なしめ縄がありますね」


 デザートの泡汁粉を食べながら、思ったことを口にする。右から七本、五本、三本の藁茎を下げている。これ、初めて見た。


「高千穂のしめ縄はこれなんだって。七は神話の天神七代、五は地神五代、三は御祖(みおや)の神に由来するらしいよ」


「あ、そうなんですね。ありがとうございます」


 なんかまた一つ賢くなれた気がする。









 次に訪れた天岩戸神社は、神話で天照大神がお隠れになった岩戸を祀っている神社だ。この神社の御神木は、神を招く木であるおがたまの木だ。この木、天照大神が岩戸から誘い出すさいに、女神様がおがたまの枝を手に持って踊ったんだって。


「神話でもかなり有名なお話だけど、本当にあった出来事なんだねー」


 まさか、宮崎の高千穂が舞台だったなんて。


「あれ? 夕理ちゃんは、ここの神様にはお会いしたことはないの?」


「ありますけど、お忙しい方だからあまりお会い出来ないし、そもそも私にとっては家族みたいなものですからね。だから、神話が事実かなんて聞いたことないです」


「あー、確かにそういうものかもしれないね」


 私としては優しい親戚のお姉さんで大好きなのだが、身内として接している分、どうしても神様だという気がしないので、ついつい古事記に記述された太陽神ご本人だということを忘れてしまうのだ。



 神社の周りにはお土産物屋さんやオシャレなカフェ、食事処などがあり中々に賑やかだった。あ、神社の鳥居の形が近所で見る鳥居の形と違う。やっぱり、ここが格式が高いからかな。

 参道を抜けて、立派な拝殿を参拝する。拝殿の奥に鬱蒼とした木々に覆われて見ることは出来ないが、神話に出て来る天岩戸があるそうだ。誰も近づくことが出来ない禁足地になってはいるが。


「よく来ましたね」


 一瞬聞こえた、鈴を転がすような軽やかで美しい声音。そして、優しく頭を撫でられる感触がした。わざわざ来て頂けるとは嬉しいな。今度、お土産持って遊びに行こう。









 この神社のすぐ近くには、天安河原がある。八百万の神々の力で、様々な願いが叶う場所だとも言われている。神話では、天照大神がお隠れになった後、暗闇に閉ざされたこの世界をどうするか全ての神々が集まって今後の対策を会議した場所である。神々を偲ぶという意味の「仰慕(きょうぼ)ヶ窟」とも呼ばれている。

 ホットドッグ屋さんやソフトクリーム屋さんが軒を連ねる道を進んでいけば、すぐに河原への入り口にたどり着く。道は整備されていて柵も設置されている、大変歩きやすい道だった。ま、観光客は高齢者の方々も多いからね!


「ちょっと暑いから、ソフトクリームでも食べようか」


「え、あ、はい」


 私はそんなにもの欲しそうな顔でお店を見ていたのだろうか。気を付けなければと、自分の頬を手でむにむにと揉んでいく。

 ただ、その提案は大変に魅力的なので全力で頷くけどね!


「一杯種類がありますねー」


 どうせなら、あまり見ない味に挑戦してみたい。そこで、デコボンとチョコレートのミックスのソフトクリームが目に入る。柑橘系はすっきりして良いよね。珍しいし、オレンジと茶色という色合いも可愛い。

 緑が眩しい広大な森と、眼下に悠々と流れる川を眺められるテラス席で、ソフトクリームを食べる。

 デコボンの爽やかですっきりした酸味と、濃厚で甘いチョコレートが互いの味を引き立てていて美味しい。途中で味変が出来るから飽きないのも良いよね。コーンもチョコレート味なのが珍しいけど、これはこれで好きだな。


「天使様のソフトクリームは何味なんですか?」


 濃い赤色のソフトクリームに、現状脳内に出てくる食品が梅干ししかない。いや、多分これではないだろう。


「クランベリーだったかと」


 聞き覚えかない果物の名前が出てきた。どんな味なんだろう。


「食べてみる?」


 口元にソフトクリームが差し出される。あれ、前回メロン食べた時に慌てていたことと同じことしているけど、大丈夫かな。一応天使様の顔を見るが気にしてはいないようだ。ならいいか、と私も一口貰う。

 普段食べるベリーの中では一番野性的な味で独特の癖がある。大人向けって感じで、私はまだあまり好きじゃないかな。


「ありがとうございます。私のもどうぞ」


「え? いや、いいよ」


「どうぞ。遠慮なさらず」


 私が引く気配がないことを察したのか、恥ずかしそうに頬を染めながらも天使様がソフトクリームを一口舐めた。躊躇いがちなゆっくりした動作と天使様の緊張した様子に釣られて、自分が食べる時はなんとも思わなかったのに胸がドキドキしてくる。


「ありがとう。こっちも美味しいね」


 間近で微笑まれて胸を射ぬかれたような衝撃が走った。


「ど、どういたしまして!」


 あわあわしながらソフトクリームを食べ終え、窟に向かう。



 岩戸川が流れる音が耳に心地よい、気持ちのいい緑の道を進んでいく。やっぱり、神域だけあって空気が澄んでいてとても居心地がいい。身体が軽くなる。自分の中に眠る魔力の質も、自然と上がっている。

 洞窟内には鳥居と祠があった。その周りを無数に小石を積み上げて作った塔が取り囲んでいた。石を積みながらとお願いをすると願いが叶うと言われているだけあって、凄いな。岩山からしみでた水滴がポツリと頭に当たる。

 恐ろしいほどの静けさを持つ、随分と神秘的な場所だ。

 と、そこで可笑しい事に気づく。ここも、高千穂では定番と言うべき有名な観光スポットだ。観光客が私たち以外一人もいないなんてことがありうるだろうか。

 意識を研ぎ澄ませると、それまで分からなかった結界の存在を感知した。人払いの結界? 結界を生み出した術者である天使様の方を思わず振り返る。瞬間、私の中から金烏さんが飛び出して来て私を庇うように前に出る。


「やっぱり何か企んでいやがったか」


「さすが、凄いね。俺が言う前に結界の存在に気が付くなんて」


 天使様の手には銀の短刀が握られていた。やっぱり、金烏さんを手に入れるの諦めてなかったのかな。え、ここで戦うとか嫌なんだけど。憂鬱な気分になる私と裏腹に金烏さんは戦意を滲ませて楽し気に笑うと、刀の姿に戻った。

 しかし、天使様は金烏さんの方は一切見ずに、躊躇うことなくバッサリと長い髪を切り落とした。え、髪切ったー! いや、短髪も格好良くて素敵だけど突然のことに着いていけない。


「お前、マジかよ」


 あ、金烏さんも天使様の突然の行動についていけてないんだね。仲間だー。

 髪の束に何事か呪文を唱えると、銀髪が編み込まれた美しいブローチの形を取る。いや、凄い魔力が込められているけどこれは。


「夕理ちゃんにあげる」


「いや、頂けませんよ!」


「さすが、愛良と同じ遺伝子持つだけあってお前も相当愛が重いな! ヤンデレはあいつだけで間に合ってるんだよ! それ持って帰れ!」


 金烏さんが刀から黄金の烏の姿に戻ると、しっしっと追い払うように羽を振る。その顔は心底嫌そうだ。

 全力で威嚇している金烏さんを気にした風もなく、私の手に天使様がブローチを握らせる。キラキラした銀糸が不思議な紋様で編み込まれた木のブローチだ。いやー、こんな贈り物貰うの初めてだ。


「気にくわないことに、俺の身内が今から迷惑をかけるだろうから、少しでも役に立つようにね。俺は夕理ちゃんには無事でいてほしいから」


「だからと言って、なんでこんな気持ち悪いプレゼントのチョイスになるんだよ。あー、もう、我は知らんぞ」


 金烏さんは本格的に頭を抱えだした。


「ま、自分の血をこっそり料理に混ぜて毎日食べさせるとかじゃないだけマシか」


 いやに例えが具体的で怖いんだけど‼

 思わずチラリと金烏さんを見て気づく。金烏さんも神域の力も吸収して力が増している。それが目的でここに来たのかな。


「近い未来で、貴方がこの扉を必要とするだろうし」


 低い声で呟かれた言葉に首を傾げる。なんでもないと、微笑みながら天使様が首をふった。


「夕理ちゃんは、死なないでね」


「天使様の方こそ、簡単に命を捨てては駄目ですよ」


「善処します。それで、受け取ってくれる?」


「はい、ありがとうございます」


 天使様から圧を感じ取って、私は壊れた人形のようにこくこく頷いた。

今回のお話を書くにあたり、以下の本を参考にさせて頂きました。ありがとうございます。

『神々の坐す里 高千穂の神社』 高千穂町企画観光課監修 一般社団法人高千穂観光協会(2007)

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