異世界への誘惑 緑の森の奥の岩屋へ 前編
その日もいつものように、学校終わりにタヌキさん達が居る山に転移した。日が長いのをいいことに、彼らの演奏に合わせて歌を歌う練習をするのが最近の日課になってきている。けど、今日はそこに別のお客様も来ていた。銀髪が美しいあの青年は、見間違えようがない。天使様だ! あの後また体調悪くなってないか心配だったけど、元気そうで良かった。
駆け寄った私の姿をみとめて、天使様が華やいだ笑みを浮かべる。う、麗しい‼ 心臓がぎゅーっとなって思わず胸を押さえる。
「え、大丈夫? 苦しいの?!」
「平気です。いつもの発作なんで!」
キリっとした顔を心がけて答えたが、瑠璃の瞳が余計に陰りを帯びる。
「心配するだけ無駄なんで大丈夫だよ」
心得ているタヌキさんがフォローを入れてくれる。助かった。
ここは早く話題を変えたほうがいいな。
「天使様はどうしてここに?」
「あぁ。夕理ちゃんにここで会えて丁度良かった。この前のお礼の品を渡そうと思ったんだ」
タヌキさん達は既に桃のロールケーキを頂いていたようで、口いっぱいに頬張りながら美味しそうに食べている。いや、箱に書いてある店名って確か並ばないと買えない有名店の奴だよね。かえって、申し訳ないことしちゃったな。
「そ、そんな! お礼なんていいですよ」
「君たちには迷惑をかけたからね。でも、夕理ちゃんの家に行くと多分ご迷惑だろうから、悪いけどお礼の品ですって渡しておいて。ありがとうございましたって、言葉も伝えておいてもらえませんか」
タヌキさん達が食べているのと同じケーキ屋の紙袋を渡しながら、申し訳なさそうに天使様が言う。ま、愛良さんと金烏さんとは仲悪いから仕方ないよね。家で神様たちの本気の戦いが始まってしまったらご近所にご迷惑だ。
「本当にすみません。ありがとうございます」
自分の空間に紙袋をしまってから頭を下げる。
「で、夕理ちゃんへのお礼はこっち」
え、このケーキじゃないの? と疑問符を飛ばしたところで天使様がすっと片膝をついた。お、お姫様に忠誠を誓う騎士様みたいだ! と興奮した私は悪くないと思う。
「佐藤夕理嬢、良ければ私とデートをしてくださいませんか?」
赤いバラを一本差し出しながらのお誘いなんて、物語の中みたい。少女漫画に出て来るワンシーンに、鼓動が高鳴る。
「はい、喜んでー!」
「それ居酒屋の店員さんみたいだよ」
天使様の誘いを断るなんてことは無いので、すぐに頷く。頂いたバラを鼻先に近づけて吸い込めば、瑞々しくも甘い香りがした。魔法をかけて枯れないようにしておこう。
天使様が安堵は覗くものの、ちょっと複雑そうな顔をした。
あと、タヌキさんはなんで居酒屋知っているんだろう?
「うん、俺から誘っておいてなんだけど、夕理ちゃんはもう少し他人を警戒した方がいいよ」
「相手が天使様なら大丈夫です」
「俺を信用するのは駄目なんだよ。ま、今回は君の不利益にはならないとは思うけど、それでももうちょと」
本格的に頭を抱え始めてしまった。私の反応が天使様の期待するものではなかったらしい。でも、そんな反応をされるとこちらもちょっと心が痛い。
「天使様、本当は私とお出かけ嫌なんですか?」
「嫌な訳がない!」
ちょっと眉を下げて聞いてみたら慌ててフォローされた。慰めるように頭を優しく撫でて来る。こういうところ、愛良さんとそっくりだ。なんて言ったら嫌がられるかな?
待ち合わせの約束をして今日はそのまま別れる。
「そういえば、何処行くんですか?」
「高千穂。転移で行くからすぐだよ」
わ、初めての宮崎、高千穂だ! いいね、神話の里! ちょっと、知り合いに会いそうな気がするけど!
「夕理さんには警戒心ってものがないの?」
「そうですよ、姫様! 高千穂といえば出雲や伊勢に並んで神々の息吹が濃い場所だ。そんな場所に日の元の神の血を引く姫様を連れて行くなんて、よからぬことを絶対企んでます!」
夕食の席で、お兄ちゃんお手製の夕飯を食べながら今度の土曜日に天使様と遊びに行くことを告げたら、予想通り反対された。金烏さんは衝撃からか、食べかけのから揚げをテーブルの上に落してしまう。
「ただでさえ氷雨さんが手に入れたがっていた刀の主ってだけでも危ないのに、夕理さんは愛良に対しての効果的な人質にもなりえるんだよ。自分の重要さを分かったほうが良い」
「うわー、私って結構愛良さんに好かれていたんですね」
「夕理さんが思っているよりもずっとね。きっと、貴方を取り戻すためなら何でもするよ。たとえ、自分自身を差し出したとしても」
私以外の別の人が被害を被ると訴えるのは、私に対しては効果的な反対意見だ。でもさー。
「私を助ける必要はないよ」
眼鏡を外してちょっとだけ神気を滲ませて微笑めば、金烏さんがピシリっと固まった。私が何を司る神なのかを知っているお兄ちゃんは、眉根を寄せる。
「理性では大丈夫だとは思うけど、感情が付いて行かない」
「何か企みがある方が好都合でしょう。私の力も及びやすくなるし、そもそも敵の中に入らなければ、得られない情報だってある」
いい加減、謎だけ提示されて何が何だか分からないままに振り回される状況はウンザリなのだ。手をこまねいて時間を掛ければ手遅れになると言う予感もある。誰が何を企んでいるかは知らんが、精々私を利用してくれればいい。そしてその度が過ぎれば、その時には。
「でも、実際あいつを敵認定してお姫様に攻撃なんて出来るのか?」
「職務だと割り切れば可能だよ」
でも、実際に天使様が私たちを傷つけるとは思えないんだよね。もしそうなら、最初からチャンスはいくらでもあったわけだし。
私の返答にお兄ちゃんは顔を歪めた。駄目だよ、あんまりそんな顔したら眉間の皺が固定されちゃうよ。私は兄の顔に手を伸ばし、せっせと皺を平らにしていく。
「夕理さんの本来の力を使うのが事態の収拾には一番効率的で安全なのは分かるけど、妹にはやっぱりそんな事させられない」
「でも、力を抑え込み続けるのもかなりストレスだからね。たまにはパーッと使って解放感に浸りたい。だから、これは全部私の為だから気にしないで」
お兄ちゃんも共感できるところはあったのかそれ以上何も言われなかった。
「じゃ、せめて我が陰から護衛に着こうか? さすがにお姫様一人で奴に近づかせると」
「いよいよ愛良の祟り神具合が進行しそうだからな。今も俺から出ようと暴れてるし。妹をよろしくね、金烏さん」
「お任せを!」
保護者付きのデートが決定してしまったけど、まぁいいか。
心配していた天気も、当日は6月には珍しい随分とすっきりした青空だった。テルテル坊主を作って祈りに祈ったのが効いたらしい。お父さん相手に神頼みもしたしね!
玄関に設置された鏡の前で再度自分の格好を確認する。水色の七分袖のブラウスには、花楓君のお姉さんである桔香さんにフランス土産として頂いた、天使のカメオを付けてエレガントな装いへ。下は裾の白いリボンが可愛いショートパンツに紺のハイソックス、足元はスニーカーだ。最後に白いリボンで髪をポニーテールにする。うん、デートらしくフェミニンな可愛らしい服装だけど、神社巡りや渓谷を歩くのにも良い格好だ。ま、高千穂は整備された道を通るから本格的な山歩きの格好をする必要はないからね。
待ち合わせはいつもの山の野原。転移で移動するなら人目がないところのほうが良い。天使様は先に待っていてくれた。
「すみません、お待たせしました」
「今来たところだから気にしないで」
今日の格好に視線が向いて、ちょっと緊張してしまう。天使様はふんわりと微笑んだ。
「その服良く似合っているね。可愛いよ」
「ありがとうございます!」
やった、褒められた! デート前日、あーでもないこーでもないと悩んでお母さんにも相談したかいがあった!
そう言う天使様も、深緑色のVネックに挿し色であるインナーの黄色がオシャレなトップスに、黒のズボンという、やっぱり顔やスタイルが良いとシンプルな装いが映えるなーと思わせてくれるものだった。珍しくシルバーのネックレスも付けている。やっぱり、デートだからか。そうだとしたら嬉しい。
「それじゃ、行きましょうか。お手をどうぞ、お姫様」
悪戯っぽく笑いながら手を差し出されたので、私は迷わずその手を取った。




