止まらないドキドキを隠した、サクランボタルト
「ねぇ、ねぇ、聞いて‼ 学校の近くに新しいカフェがオープンしてたから千星と行ったんだけどさ、そこの桃のパフェが本当に美味しくて! あれは、本当に食べておかないと人生損だよ!」
天使様にお礼を言われた後、夢見心地のフワフワした気分だった私を現実に引き戻してくれたのは、教室に着いた途端に待ってましたとばかりに私に話しかけてきた、咲空ちゃんだった。
「大変なことを知ってしまった!」
と朝から拳を握りしめながら、シリアスな口調で話しだすから何事かと思ったが、デートで新しく行ったお店が美味しいという話で、大変ほのぼのした内容だった。まぁでも、スマホで見せてくれた写真は確かにおいしそうだ。
「てか、デートの感想がパフェしか残っていないの、小野寺君が可哀想じゃない?」
何処か同情を含んだ眼差しで白木さんが突っ込む。小野寺千星君は、咲空ちゃんが小学5年生の時から付き合っている彼氏だ。
とはいえ、元は保育園からの幼馴染かつ家も隣同士だから、今更デート一つにときめきも何も無いのかもしれない。咲空ちゃんも付き合うことになった、と私に報告して来た時にも一緒に居るのが自然な家族みたいなもの、だと言っていたからね。
「あー、白木さん。咲空ちゃんと小野寺君はもう熟年夫婦みたいなものだから、ね?」
「そうそう。千星はいちいちそんな事で拗ねたりしないよ。……でもね、悩ましいのがここ良い果物使ってるから、中学生の身としてはお値段がちょっと高いんだよね。しかも、桃のパフェは今月だけだから、次食べれるのは来年かな」
「会えるのが1年後だなんて七夕伝説みたいね」
「くそー、私の織姫が遠い!」
顔を覆って本気で嘆き出した咲空ちゃんの頭を撫でつつも、好奇心がむくむくと湧いて来る。そんなに美味しいパフェなら、私も怖い物見たさで食べてみたいな。
放課後。今日は音楽室にエアコンの修理業者が来るため部活がお休みなのを良いことに、私はカフェの場所だけでも確認しておこうと、咲空ちゃんに教えてもらったお店を探して、スマホ片手に知らない道を歩いていた。メニューを見てみて良さそうだったらお母さんとも行きたいな。
「お、誰かと思ったら夕理ちゃんだー! 良かった。これで後は安心して任せられるな」
何処かで聞いたことがある明るい声に、持っていたスマホから顔を上げる。そこには、こちらにブンブンと元気に手を振る花楓君と、それに呆れた目を向けてから私には優しい笑みを浮かべてくれる菖蒲さんと、申し訳なさそうな顔したお兄ちゃん。ん!? お兄ちゃん?
「あれ、なんで愛良さんが出てきてるの?」
「理由は知らんが薺が寝不足みたいで眠い、無理、あとは任せたとか言って学校着いた途端こっちの神様の人格と交代しちゃったんだよね。まあ、今日1日なんとか誤魔化せたから良かったけどさ」
やれやれ、と花楓君が首を振る。
「聞けば私の同胞が迷惑かけたみたいだから、仕方ないかなって面倒見てやったけどね。夕理は大丈夫?」
「私は、全然。元はと言えば私のせいだし」
「「「それは違う」」」
三人で声を揃えて否定されました。仲良しだな。
「今日は星宮と羽月には本当に世話になったな。感謝している」
中身が別人なのは分かっているけど、お兄ちゃんの顔でこの二人を苗字呼びしているのは違和感が拭えない。呼ばれた当の本人たちはまったく気にしていないようだが。
「貴方も薺のワガママに振り回された被害者なんだから礼は要りませんよ。しっかし、古典の時の朗詠無茶苦茶上手かったですね! 先生も感動してましたよ」
「いや、あの時代の文章の方が俺には一番馴染みがあるから、上手く見えるだけだよ。……そのかわり、英語とかはよう分からん」
「まぁ、貴方の全盛期だったころに英語なんて言語はないものね。そっか。だからかぁ。英語の授業だけは先生に当てられたときに薺が出てきてたわね」
「あれは本当に助かった」
「いやそれ、お兄ちゃんが元々しなきゃいけない事だからね! 感謝しちゃ駄目だよ!」
本当に兄が重ね重ね申し訳ありません。
「元はと言えば俺のせいで薺が寝不足になったからな。……あいつが隣に居ると思うと殺意が抑えきれなくてっ!」
悔しそうな顔でぐっと拳を握る姿に顔を引きつらせた花楓君が、隣にいた菖蒲さんに小声で問いかける。
「なぁ、羽月の同胞ってこの人に何した訳?」
「本当にすみませんでした」
菖蒲さんがお手本のように綺麗な土下座をする。愛良さんが「君には怒っていない」と慌てて腕を引いて立たせてやっていた。愛良さんと天使様は仲、凄く悪いけど菖蒲さんには好意的だよね。こうなると、菖蒲さんの兄である壱春さん相手の反応が気になるな。
まぁ、藪をつついて蛇を出す趣味は無いので、実際に会わせたりなんかはしないが。
花楓君と菖蒲さんは愛良さんを家まで送ってくれるつもりだったようだが、私と会ったということで私に預けて帰って行った。お二人ともお家の方向逆だもんね。本当にありがとうございます。
「お嬢さんはどうしてこっちに? 学校からの帰り道だとここ通らないだろ」
「あ、お友達に美味しいカフェの情報を教えてもらったから、その下見に」
「へぇ」
気の無さそうな返事だが、明らかに瞳が輝いた。甘い物に関しては存外素直な性格しているよね。
「愛良さんも良ければ一緒に行きませんか?」
「お嬢さんがどうしてもその店に行きたいのなら、付き合ってやるよ」
それでも、素直に甘いお菓子に惹かれているのを認めたくないのか、憮然とした表情で愛良さんが言う。私は笑いを堪えながら、大真面目な顔で頷いた。
「はい、是非お願いします!」
スマホを駆使して無事にお花で飾られた可愛らしい外観のカフェに到着する。看板に書いてあるメニューから値段を見れば、今月のお小遣いが入ったばかりの身としてはなんとか払えそうな金額だ。
「愛良さんも何か食べていかない?」
頷きが返って来たので意気揚々と店内に入る。相変わらず、愛良さんが店内に入ると同時に女性の目線を一気に奪ってしまう。壮観だ。
ま、いちいちそんな目線を気にしていたらこの兄の妹などやってはいけないので、全てスルーしてまだ立ち直れていない店員さんに「二人ですけど、今空いていますか」と、にっこりスマイルで声をかける。
「は、はい。大丈夫です。どうぞ、此方の席へ」
店員さんはあたふたしながらも、窓際のテーブル席に案内してくれた。紫陽花が窓から見えていい感じ。さて、では咲空ちゃんおススメのパフェを、と思ったところで季節のパフェは本日終了しました、の文字が目に入る。
嘘だろ。衝撃が大きくて、両手で顔を覆って項垂れる。
「え、あれ、お嬢さん。どうしたんだ?」
オロオロと愛良さんが声をかけてくれるが、正直答えられない。一番の楽しみが!
「だ、大丈夫? 何処か痛いのか? そうだ、救急車っ!?」
「それは間に合っています!」
慌てて顔を上げて、愛良さんの手からスマホを奪い取る。あ、危ねー。以外と愛良さんって心配症だよね。
「このカフェに来た目的のパフェが終了していたので、落ち込んでいただけですよ。心配はいらないです」
「桃のパフェか。確かに旨そうだな」
私の目線に釣られるようにして、愛良さんも店内のボードを見て呟く。
「お友達に、このパフェが食べないと後悔するくらいに美味しいって言われて、楽しみにしてたんだけどなー。ま。いいや。今日は他のメニューを食べてみよう」
気を取り直した私に愛良さんがホッとしたような笑みを向けて来る。やっぱり、中の人が違うと笑顔の雰囲気も違うなー。お兄ちゃんの微笑みには、ここまでの甘さはない。
「季節のタルトはまだ残っているようだぞ。今はサクランボだって」
へー、サクランボを使ったタルトなんて珍しいな。初めて食べる。値段的にはちょっと高いが、折角来たんだから食べないのは勿体ない。
「私、それにします!」
「分かった。すみません。……この季節のタルト2つお願いします」
調度通りかかった店員さんに愛良さんがまとめて注文してくれる。どんな味かな。楽しみだなー。
運ばれて来たタルトは、サクランボが宝石のように鎮座したそれはそれは美しいタルトだった。これ、アメリカンチェリーじゃないぞ。お高い日本のサクランボだ。折角のサクランボだからと、生で活かすようなお菓子になっている。
「お、美味しい……!」
頬を抑えて、じっくり味わう為に目を閉じて堪能する。思わず身体が揺れてしまう。まずい、この味を知ってしまったらもう普通のサクランボのお菓子になんて戻れない。なんて恐ろしいお店なんだ。
「あぁ、良い。はぁ。これ、好きだ」
感じ入ったような呟きに思わず目を開けてしまい秒で後悔した。愛良さんは美味しいタルトに感動しているだけだって分かるけど、感動に潤んだ瞳と上気した頬、漏れ出す熱い吐息と、尋常じゃない色気を醸し出している。待て、待て、待て、そんな色気を出すシチュエーションは今じゃない‼
直視したお客さんは、もれなくテーブルに突っ伏して活動不能になる。分かるよ。その気持ち。毎回こうなるんだけど、本人に自覚が無さそうなのがまた性質が悪い。いい加減慣れてもいいと思うけど、心臓の拍動スピードが一気に上がる。
心臓の負担を減らすため、私はタルトを頬張って思考を別の方向に移す。美味しい。サクランボの実が口で弾けて、すっきりとした甘い果汁で満たされる。いや、本当に美味しい。このタルト。口中に幸せが溢れて来る。本当に美味しい。
もう1口と、キラキラ輝く美しいタルトに目線を落とす。赤い、サクランボの実。愛良さんの瞳の色に似ている。
「どうした、お嬢さん?」
不自然にフォークを持ったまま動きを止めた私に、愛良さんが訝し気に問いかけて来る。
「いや、サクランボが貴方の瞳の色に似ていると思ったら食べづらくて。勿論、愛良さんの瞳の方が綺麗だけど」
「俺は君になら目を食われてもいいけどな。今度、くり抜いて来ようか?」
さらっと恐ろしい事言うんじゃない! と顔を上げれば、優しいけどちょっと意地悪な笑顔が目に入る。
「やっとこっち見た」
ツンツンと鼻先を指で軽く突かれて、いやどんな少女漫画だよ! と私は心で叫んだのだった。神様、怖い。
タルトを食べ終えて、多幸感に包まれながらお店を後にする。いいお店見つけちゃったな。
「今度は桃のパフェ食べようね! 約束!」
小指を愛良さんに差し出せば、わずかに躊躇ったあとおずおずと小指が絡んでくる。指切りで約束を交わす。よし、6月が終わるまでにまたこのお店に来ないと。
「あ、お嬢さん。ちょっと」
何かに気づいたように声を上げると、愛良さんの手が伸びて、私の三つ編みにした髪に触れる。あ、ちょっと解れちゃってるな。編みなおそうかと思ったところで、するりとゴムが外され、慣れた手つきで素早く三つ編みに直された。私が自分でするよりも美しい完璧な仕上がりだ。これ、不器用なお兄ちゃんには出来ない芸当だから、やっぱり中身が違うと出来ることも違うんだなと感心してしまう。
「ありがとう。三つ編みなんて出来たんだね」
「練習、前に人形相手にしていただろう。見ていれば覚える」
小学校の頃、夏休みに再放送されていた『赤毛のアン』のアニメを見て、主人公の女の子に憧れ、せめて髪型だけでも真似したいと、人形相手に毎日練習して三つ編みを修得したことがある。お兄ちゃんの中から愛良さんもその様子を見ていたのかと思うと、なんだか気恥ずかしい。
「じゃ、帰りましょうか。今日の夕食何かなー」
照れを誤魔化すように努めて明るい声を出して、私は家の方向へと足を向けた。
「ところで、私に触れるの最初の頃より怖がらなくなったね?」
ふと、思いついて言った言葉に此方が驚くほど愛良さんが体を強張らせた。
「……嫌か?」
「ううん、ちっとも! でも、何でかなと不思議に思っただけ」
「うかうかしていると、取られるからな」
何を? と聞いてしまったら深淵を覗きそうだったので私は曖昧に頷いておいた。




