朝日の音色
イレギュラーな事態に神経が高ぶっていたのかもしれない。何時もより早い時間に目が覚めた。余りにもすっきりした目覚めに二度寝をする気にもなれず、ベッドから起き出す。天使様の様子も気になるし。
耳を澄ませば聞こえてくる、朝から元気な小鳥たちが奏でる音色と、朝食を準備するフライパンやお鍋、包丁の軽やかでちょっと気分が上がる音楽を聞きながら、手早く制服に着替える。軽く髪を整えてからリビングに降りた。
「ごめん、今日手抜き」
珍しく眠そうな顔をしたお兄ちゃんの姿に、ごはん私が作れば良かったかなとちょっと反省。
「いや、大丈夫。今日も美味しそうだね。ありがとう」
朝食は、昨日の残りのかき玉汁にご飯と玉子焼きと焼き鮭、そしてデザートのヨーグルトだ。
魚肉ソーセージ入りの玉子焼きは、微かに卵の甘さが口に残る。ソーセージの味がシンプルな玉子焼きの味のアクセントになって良い。鮭の身も柔らかくて、良い塩梅に塩が効いていてご飯がよく進む。
朝食としては十分な内容だと思うけどな。私だったらトーストとゆで玉子とかで済ませちゃいそうだけど。
「なんか、余り眠れなかったの?」
クマが残る目元を見ながら尋ねる。
「愛良が戦場かってくらい氷雨さんをえらく警戒してたから、それに釣られちゃって。俺の身体使って変なことしないように気を張ってたんだ」
「ごめんね」
お兄ちゃんだって学校があるのに悪いことしたな。お兄ちゃんの顔が見られなくて下を向けば、気にするな、とばかりに少し乱暴に頭を撫でられた。
「そういえば、天使様は?」
「ん? あー、もう起きてくるんじゃない?」
図ったようなタイミングでリビングの扉が開いた。現れたのは、予想通り天使様だ。顔色も良いし、もう大丈夫そうだ。
「おはようございます。昨日は本当にお世話になりました。ありがとうございます」
「おはよう。もう体調は大丈夫そう?」
天使様の分も朝食を用意しながらお兄ちゃんが尋ねる。
「はい、お陰様で」
「ふーん。なら、良かったよ」
うんうん、本当に元気になって良かった。
「おはようございます。あの、お兄ちゃんに虐められたりしませんでした?」
コップにお茶を注いで渡しながら尋ねる。多分大丈夫だろうが、念のためだ。
「そんなこと! すごく良くして頂きました。しかし、昨夜はあの後すぐ眠くなってしまって。まさか、こんなに熟睡するなんて」
自分が信じられない、とばかりに天使様が自分の顔を手で覆うが、視界の端でお兄ちゃんが明後日の方向を見ながら口笛を吹くのが見えてしまう。さては無理矢理寝かせたな。お兄ちゃんって割と強引なところがあるよね。
朝の情報番組を見ながら、朝食を食べ終え食器を流しに持っていく。しかし、今日の星占い3位だったけど、気になる人と更に仲良くなれる予感ってどういう事だろう。
洗面所で歯磨きをしてから、部屋に戻る。鏡の前で最近伸びてきた髪を三つ編みに結んでカバンを手に持って降りた。何時もより早く起きたから時間はまだ余裕だけど、日差しが強烈になる前に学校に行きたい。
天使様は、もう帰るのだろうか。それなら、ちゃんと帰れるか心配だから送ってから行こうかな。途中で具合悪くなったら大変だ。
「夕理ちゃん達は学校だよね。そろそろお暇します」
「天使様はお家どこなの? 良ければ送って行きましょうか」
私の提案に天使様は笑いながら首をふる。
「もう本当に大丈夫だから。お気遣いありがとうございます」
遠慮の形を取った明確な線引きに、寂しさが沸いてくる。少しでも近づけたような気がしたのだが、やはりガードが硬い。まぁ、仕方ないか。
「じゃ、家の鍵しちゃいたいから一緒に出ようか」
「分かりました」
いつの間にか制服に着替えたお兄ちゃんの言葉に私も頷く。
家を出て、お兄ちゃんが家の鍵を締めるのを天使様の隣で眺めながら考える。天使様とは次はいつ会えるのだろうか。
「夕理ちゃん」
優しい声で名前を呼ばれた。なんだろう、と天使様の方を向く。今日も麗しいな。朝の光の中で見ると、本当に神々しい。
そこで、影が落ちた。
「ありがとう」
頬に何か柔らかい感触がした。どうして、こんなに天使様の顔が近いのか分からない。甘い彼の香りがふわりと薫る。優しく微笑みながら、彼がそっと私から離れた。頬に触れた感触の正体については考えるな。ここで、奇声を上げたくなければな。
処理する感情が大きくて、地蔵のように固まってしまう。
「そんなに死にたいなら、殺してやろうかぁ?」
愛良さんにチェンジしたお兄ちゃんが天使様に斬りかかったところで、慌てて我に返った。危ない‼
「はは、今貴方と戦うのはちょっと辛いですね」
私の心配を他所に、余裕の表情であっさり召喚した剣で刀を受け止めると、弾き返した。
「それでは、またね」
天使様がその場からかき消える。愛良さんは盛大に舌打ちすると、私の前に跪いた。え、なんで。そのまま、服の袖で私の頬をごしごし拭いていく。いや、何してるの?
「次会ったらどうしてくれようか」
焦点が合ってない赤い瞳が若干怖い。長年の同居で、シスコンなお兄ちゃんの悪影響を受けてしまったのだろうか。
満足したように拭く作業を終えたところで、瞳が緑がかった金へと戻る。
「全く、愛良だって人のこと言えないと思うんだけどな」
お兄ちゃんはやれやれと言った顔で膝を払いながら立ち上がった。
「夕理さんは大丈夫? あんなことされて嫌だったんじゃ?」
「単純に驚いたけど平気。私から前に天使様に同じことしたし」
「うわ、それは聞きたくなかったな」
盛大に顔をしかめるお兄ちゃんに私は思わず笑ってしまった。




